信州大学理学部化学科 反応物性化学講座

有機化学分野 小田研究室

研究紹介

1)ヒドリド移動を利用した含窒素複素環化合物の無触媒化学変換反応の開発研究

 含窒素複素環化合物には,π電子共役系のピロール,ピリジン,ならびにインドールなど薬理活性ならびに電子材料の原料として注目を集めているものが多くあり,その合成法の研究は古くから現在に至っても引き続き活発に行われております。我々の研究室では安価な飽和系原料からヒドリド移動を利用して,これらの誘導体を無触媒下加圧・加熱するだけで簡便に合成できることを最近見出しました。例えば,ピロリジンと2当量のアルデヒドを触媒無しで10気圧・140-200℃に加熱するだけで,1,3-ジアルキルピロールを好収率で得ることができます。現在本手法の適用について,ピリジンやインドールの生成を目指して鋭意検討しているところです。

 

2) 有用な機能性をもつ非交互系π電子共役化合物の分子設計と合成に関する研究

 非交互系炭化水素の代表例に,ナフタレン(C10H8)の異性体であり5員環と7員環から成るアズレンがあります。ナフタレンが無色なのに対して,アズレンは青色をしており,古くから多くの有機化学者の興味の対象でありました。我々の研究室でもアズレン及びアズレンの1つの炭素を窒素に変換したアザアズレンに関して,その機能性を見出すべくこれら誘導体の分子設計・合成についての研究を展開しております。


2-1 アズレンの1位に窒素をもつ1-アザアズレンは橙から赤色を呈し,比較的安定な化合物です。1位の窒素はピリジンの窒素と同様に塩基性を示すことに注目し,二座配位可能な誘導体を設計し,その性質について吸光ならびに発光挙動について研究しております。今までのところ,塩基性が格段に高く,かつプロトンや金属イオンと結合して吸光ならびに発光が特異的変化する化合物を見出しており,その選択性や有用性について展開中です。


2-2 アズレンおよびその誘導体の医薬品等への応用に比べて有機電子材料への応用は意外に少なく、我々は独自に企業との共同研究によってジアリールアズレン誘導体の有機EL(電界発光)素子の正孔注入層材料への利用を目的とした研究を行っている。現在までに、N,N,N',N' -teramethyl-1,3-bis(4-aminophenyl)azuleneが既存の正孔注入材料である銅フタロシアニンに比べて長寿命で色落ちの無い材料として有望であることを見出している。

 

3) 特異な物性を有するπ電子系化合物の合成と構造化学的研究

 炭素陽イオン種の性質を利用した有機材料への応用は色素、染料、導電体等などの僅かな領域に限られている。このことはひとえに炭素陽イオン種の不安定性が大きな要因であり、安定な炭素陽イオン種の合成は今なお重要な課題のひとつである。我々もトロピイウムイオンを部分構造とする種々のイオン種の合成を行なうなかで、炭化水素イオンとして幾つか安定な化合物を見出した。本研究ではフェノニウムイオンに対応するアズレニウムイオンの安定性を調べることから始まり、トロピリウムイオンにスピロ[4,n]アルカジエンの縮環した種々のイオン種を合成し、その熱力学的安定性を評価することによってpKR+値が10.4(pH 10.4でカチオンとアルコール付加体が1:1の平衡状態になる) と二置換

トロピリウムイオンとしては今までになく安定なイオン種を得ることができた。また、これらの合成にあたりその炭素骨格の構築のためにより簡便で適用性の広い合成方法の開発を行なった。最近、トロピリウムイオンに二つのスピロ[4,n]アルカジエンが縮環したイオンではさらに高い安定性(pKR+値が13.2)を示すことを発見している。また、フェノニウムイオンに対応するアズレニウムイオンでは高い化学反応性を示し、求核剤との種々の新たな反応を見出すことができた。

 

4) 理論的に興味の持たれる有機化合物の合成研究

 3つのベンゼン環が縮環したアントラセンならびにフェナンスレンは[14]アヌレンから2つの水素分子を取り去ることによって交差的に結合閉環した分子種である。その交差結合の位置によって様々な異性体を生じるが、その際に2つの5員環と8員環を形成する化合物の多くは未知であって、ただ一種類の二置換誘導体([a,e]異性体)が知られているだけであった。本研究ではジメチルアミノペンタフルベン誘導体の14π電子環化反応によってはじめて置換基のない[a,d]異性体の合成に成功した。[a,e]異性体の電子スペクトルにおいて最長波長吸収が1375 nmにまで及んでいるのに 対し、合成した[a,d]異性体の最長波長吸収は736 nmであり極めて対照的な差を示した。フロンティア分子軌道の解析から、これは[a,e]異性体が[14]アヌレンに比較して最高被占有軌道(HOMO)が不安定化し最低空軌道(LUMO)が安定化しているのに対し、[a,d]異性体ではHOMOおよびLUMOがともに不安定化しているためであることを示した。また、逆にこのことから[14]アヌレン、[a,d]および [a,e]異性体間の最長波長吸収の分類 が行えることを明らかにした。現在は[a,c ]異性体の合成について検討中である。

 

 

研究者紹介

小田晃規(おだみつのり) 信州大学理学部化学科教授。

北海道札幌市出身,1951年生まれ。
1970年札幌市立旭丘高等学校卒業。
1975年東北大学理学部化学第二学科卒業。
1977年東北大学大学院理学研究科博士課程前期課程修了(北原嘉男教授の指導)。
1980年東北大学大学院理学研究科博士課程後期課程修了(浅尾豊信教授の指導)。
1980−81年米国ジョンズホプキンス大学化学科博士研究員(Prof. G. H. Posner)。
1981−85年米国ネバダ大学リノ校化学科博士研究員(Prof. L. T. Scott)。
1986−93年(株)三菱瓦斯化学新潟研究所研究員。
1993−95年富山大学工学部助手。
1995−2003年富山大学工学部助教授。
2004年から現職。