Welcome to Naomi Murakoshi's laboratory


理学部同窓会に頼まれてとある文章を書いたんですが,いざ,同窓会誌ができてみるとだいぶ写真と図を削られてしまったので,元の文を載せておきます.


堆積学からみた自然環境と人間  村越直美


堆積学と私たちの生活

 私が専門として研究している分野は堆積学といいます.地球科学の分野のひとつで,地形・堆積物・地層の形成・発達プロセスを研究しています.多くの方にはなじみのない学問分野だと思われますが,じつは私たちの生活とは非常に密接に関連した学問分野なのです.
 もっとも基本的なことからいえば,私たちが暮らしている「地面」,地面がなけりゃあ住む所がありませんね.地面は堆積物からできてきます.川が運んだ土砂,海に堆積した土砂が地面の中身ですから,まさに「堆積物」の上に生活しているのです.もっといえば私たちの生活に無くてはならない「石油」.これ無くしては私たちの日常生活はもはやなり立ちません.石油も石油を胚胎する地層も堆積物(図1).石油産業と堆積学は石油の世紀をともに歩んできたのです.学生を教えていて驚くのは,毎年1年生を対象とした地学実験で石油や石炭を探す実習をするとわかるのですが,ほとんどの学生は石油が何から出来ていてどこにあるのか知らないし,石油と堆積物や地層が切っても切れない関係にあることを知らない.嘆かわしい.海外では,堆積屋ー石油産業という図式を中学生でも知っています.そういう意味では日本の教育はバランスを欠いていておかしなことになっています.石油が太古の生物の遺骸から出来ていて,数億年数千年という時間をかけて熟成された産物であることを知ったら,いかに希少で限られたものであるか分かります.その背景を知っていたら当然無駄には使えないのですが,知らないということは皮肉な幸せを享受出来るということかも知れません.そのしっぺ返しが「環境問題」というかたちですでに来ているのですが・・・.


図1 新潟油田の模式地下断面図.地表の櫓から地下数千mの孔を掘って原油を採掘する.石油の生成や貯留には堆積物や地層構造と地質学的時間が必要.


人間は忘れるから幸せ

 みなさんは2004インド洋大津波を覚えていますか?2004年12月26日朝,スマトラ島沖インド洋海底にあるプレート境界断層ー総長1000kmにも及ぶーが活動して大津波が発生し,インド洋沿岸諸国に死者30万人近くをもたらした,未曾有の大惨事となりました(図2-4).このとき地震津波警報網がすでに整備されていた太平洋諸国では,なんでインド洋諸国にその知見を供与していなかったのか,と多くの研究者が悔やんだものです.
 私は直後から津波被害調査に入ったタイ国の研究者とこの3年間津波堆積物の調査をしてきました.このような調査の成果などによって,ハザードマップや避難路が整備されたり,潮位計が設置されたりしてきました.2005年の調査時には,宿舎の近くタクアパーの寺院にまだ数百体の身元不明の遺体が収容されていたのを覚えています.タイの津波被災地域はもともと海岸縁のリゾート地や漁村で,2006年や2007年の調査の時にはものすごい勢いで復興していく様子が見られました(図4).とくに最大の被害を出した一つであるカオラックのリゾート地などでは,全壊・半壊の被害に遭ったホテルの跡地に次々とリゾートホテルが新築されており,観光客もほとんど戻って来ています.それを横目でみながら我々は津波堆積物の調査をしていたわけですので,「危ないって言ってるのになんで!」という複雑な思いもありました.タイは観光立国でもありますから経済的事情などもあるでしょう.が,やはり,人々の記憶はすぐに劣化するということが如実に表れているのではないでしょうか.


図2 インド洋大津波で崩壊したリゾートホテル.村越撮影


図3 津波の遡上高は最大10mを越えた.(チョウワォン他,2005)


図4 調査時にバンナムケム小学校があった場所で発見された写真.全員死亡.(Choowong, 2008)


図5 再建進むカオラックのリゾート.目の前が海.2007年10月.村越撮影


自然環境と学問・教育

 一昨年は長野でも7月の豪雨で土砂災害が起きました.このときも直後から信大の調査隊として現地調査に入ったのですが.地形発達の観点からすると,災害は起こるべくして起こったと分かります.それは,例えば諏訪湖に張り出した扇状地に立地した集落.堆積学的にいうと扇状地は土石流と網状流の堆積物から出来ていますから,土石流が時々来るのはごく自然なことです(図6).昔の人はそのような土石流に遭うと「災難だった,数十年に一度はしょうがない」というスタンスで自然とつきあってきました.また先祖代々「あの平地には住んじゃいけない」とか「あの山は切り開いたらいけない」などの言い伝えが功を奏していました.現代ではそのような先人の賢さはだいぶ失われているようです.
 地震津波も含めてこのような自然災害は確率論的に起こる事象なので基本的には予測不能な現象です.今後100年間に一度ぐらい起こるという確率は計算できても,あした起こるの?起こらないの?という0or1の問いには解がありません.ではどうしたらー相手としている自然の性質をよく理解することが大事で,学問はその手段です.さらに我々は自然の変動幅に対していつもどこかで構えていることが肝要です.かつてそれは先祖代々の言い伝えだったのですが,現代では教育に置き換えられると思います.さてその教育・・・現代人は先人の言い伝えより上を行けてるのでしょうか?


図6 扇状地の堆積モデル(Spearing 1974).灰色で示される土石流堆積物が多い.