マントルヘリウムの前弧・非火山性地域からの放出

 

東京大学理学系研究科  野津憲治

 

要旨:ヘリウムには質量数3と4との2つの安定同位体が存在しており,4Heは主にUやThの壊変で生じるα粒子起源であるため,自然界において大きな3He/4He比の変動が知られている。大気の値(1.4x10-6)を基準(=1RA)にとると、上部マントル物質は約8RA、下部マントル物質は35 RA以上,大陸地殻物質は0.02 RA以下である。マントルヘリウムはマントルで生成するマグマの上昇に伴って地表へ移動するので,通常火山地帯からはマントルヘリウムの放出が見られる。しかし非火山地帯でも、大陸内の地溝帯や活断層からの放出の報告がある。プレートが沈み込む島弧では,火山フロントから背弧にかけては最高8RAに及ぶマントルヘリウムの放出が見られるが,火山活動のない前弧域でもマントルヘリウムの放出が見られる場合がある。フィリピンプレートがユーラシアプレートに沈み込む南西日本弧の前弧域にあたる四国の全域において温泉ガスや温泉水溶存ガスのヘリウム同位体を調べたところ,中央構造線沿いと愛媛県を南西—北東に横断する地域に1.5 RA以上のマントルヘリウムが放出していた。後者の地域は最近見つかった深部(30km)低周波微動の起きている地域(Obara, 2002)と符合しており,前弧域で移動する流体相に取り込まれてマントルヘリウムが地表に現れているのではないかと想像している。