田沢湖

 田沢湖は秋田県と岩手県の県境近くに位置し,最大水深425m,平均水深280mとわが国では最も深い湖である。 湖岸から急に深くなる釜状の湖盆が特徴的で,水面標高が海抜249mであるので,湖底のほとんどが海水面以下にあることになる。これを潜窪(せんか:cryptodepression)と呼んでいる。

 田沢湖はほぼ円形の形をしているが,その成因は全く謎に包まれている。カルデラ,クレータ説いずれをとっても明快な証拠はない。長期にわたって孤立した水系であったと考えられ,クニマスをはじめとする固有種が知られていた。
 1940年の戦時下,国策で主に水力発電目的に脇を流れる玉川の河川水が北側から田沢湖に導水され,南東端で再び玉川に落とす方式で,入り口側に田沢湖発電所,出口側に生保内(おぼない)発電所が作られた。いわば田沢湖を貯水池とする自然のダム発電所が作られた。

 玉川水が通常の河川水であれば,田沢湖の閉鎖系が崩れるという生態学上の問題は別として,それほどの影響はなかったかも知れない。ところが,玉川は,最上流部にある玉川温泉水が混入するために著しくpHの低い悪水(玉川毒水)として知られていた。当時の秋田県の測定によると,玉川河川水の田沢湖流入地点直前でのpH値は,3.2であったとされている。若干の中和を期待して玉川の支流,先達川が,玉川をまたいで同時に導水されたが,これはほとんど役に立たなかった。田沢湖のpHは見る間に低下し,1970年頃の測定値では,一時表層でもpH=4.2にまでなったとされている。この影響で,田沢湖に生息していた生物はほとんどが絶滅した。

 戦後,玉川と田沢湖の水質改善を目的として,鎧畑ダム(1957),玉川ダム(1990),玉川温泉直下に本格的な石灰中和処理装置(1991)が相次いで設けられ,玉川上流部と田沢湖表層水の水質は次第に回復傾向にある。現在では,表面付近を泳ぐ多くのウグイの姿を見ることができる。しかし,水の交換がゆっくりとしか進まない深層水のpHは以前として5前後で,回復には今後相当の時間が必要である。

 ところで,玉川温泉というのは,わが国でも非常にまれな温泉である。強酸性(塩化物イオンと硫酸イオンがほぼ1:1でpH=1.0)の放射能泉であり,様々な疾病に効能があるとされて多くの湯治客を集めている。わが国の温泉の中には強酸性を示すものが少なくないが,それらはほとんどが硫酸酸性である。これはマグマから分離した水蒸気に溶けきれず気化した亜硫酸ガスが,地下を移動する間に比較的水温の低い天水起源の地下水に再び溶解して湧出したものと考えられている。一方塩化水素は水への溶解度が亜硫酸ガスや二酸化炭素と比べて著しく大きく,容易に気液分離しない。塩化水素を多量に含む温泉水や鉱泉水は,少なからずマグマ起源の水を含んでいると解釈される(松葉谷,1983)


                         酸性気体の水への溶解度

気体 0℃ 20℃ 40℃ 60℃ 80℃ 100℃
HCl 507 442 386 339
SO2 80 39 19
CO2 1.71 0.88 0.53 0.36

単位はcm3/cm3水で,0℃,1気圧換算

田沢湖と辰子姫像

−戻る−