猪苗代湖

 福島県会津若松市の東方にある猪苗代湖は,日本で4番目の面積を持つわが国有数の大湖です。内陸の淡水湖としては琵琶湖に次ぎ,湖面積は103km2。最大水深は94mに達します。最大の流入河川長瀬川河口北西部を除き,湖岸が急峻なお椀型の湖盆を持ち,北に磐梯山(標高1819m),北東に安達太良山(1700m)とわが国でも代表的な活火山がそびえています。
 
 猪苗代湖には長瀬川のほか,主に南岸からいくつかの流入河川があります。流出河川としては北西端の日橋(にっぱし)川が本来からあったものですが,現在は1882年通水した安積疎水(あさかそすい)の取水口が東岸北部に設けられています。

 長瀬川は,その東方からの支流である酸川(すかわ)に,強酸性の沼尻・中ノ沢温泉と,それらの源泉である鉄山山ろくの硫黄鉱山(廃坑)坑内排水が流入しているため,強酸性となることが多く,この影響で猪苗代湖も全湖がほぼpH=5の酸性状態になっています。

 しかし,硫黄鉱山が開かれる以前の湖水の状態についての情報は全くといってよいほどありません。酸性温泉水湧出の契機となったとされる硫黄鉱山の本格的な操業開始は,明治以降19世紀後半でしたが,ちょうどこの時期に,磐梯山(1888)次いで安達太良山(1900)が大噴火を起しています。とくに磐梯山では山頂の北半分が崩壊するという大噴火となり,このときの火山砕屑物は,裏磐梯に五色沼を形成し,残りは泥流となって長瀬川を下り,猪苗代湖北半分に浅い湖岸段丘を形成するほどの規模でした。

 一方,1900年の安達太良山の噴火は水蒸気爆発であったとされています。この結果,明治初年に本格化した硫黄鉱山採掘(沼尻鉱山)は閉鎖せざるをえませんでした。もっとも江戸時代の1580年にも安達太良山では水蒸気爆発と考えられる噴火が起きており,このとき温泉湧出のあったことが記録されています。その温泉水の湧出量や性状,また江戸時代から小規模ながら続けられてきたという硫黄鉱山からの坑内排水の量と質がどうであったのかは,残念ながら今の時点で再現することはできません。

 写真は猪苗代湖畔から臨む磐梯山と長瀬川の河床。酸性河川水に溶け込んでいた鉄が,長瀬川本流の水で徐々に中和され,空気酸化を受けて茶褐色の水酸化鉄コロイドとして河床の石に付着しています。時折強い酸性になったこともあったと見え,長瀬川護岸のコンクリートはひどく腐食しているところが認められています。

 最近になって猪苗代湖のpHは徐々に上昇の傾向にあり,それにともなって,植物プランクトンの増殖が活発になっているようです。いわゆる富栄養化の兆候が見られるとして,警戒されています。


猪苗代湖の有機地球化学:Fukushima et al., (2005) Organic Geochemsitry, 36, 311-323.

1989年の磐梯山の山体崩壊をもたらした大噴火によって,磐梯山の北側には長瀬川がせき止められ,大小さまざまな湖沼が形成されました。これらは裏磐梯五色沼と呼ばれ,主に湧水の影響を受けて湖沼ごとに性状が少しずつ異なっています。多くの湖沼は弱酸性で,中にはpH= 5前後の酸性を示すものもあります。生物生息には多少厳しい条件ですが,ウグイをはじめとする魚の泳ぐ姿が認められます。


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