鹿児島県薩摩郡上甑村海鼠池、貝池、鍬崎池



 鹿児島県の西方50kmの海上に,北東-南西方向に並ぶ甑島列島があります。この列島の最大の島が上甑島で,上の写真で言うと奥から海鼠池・貝池・鍬崎池といった風変わりな湖が並んでいます。甑島列島には里村・上甑村・鹿島村の3村がありましたが,平成の大合併によって,薩摩川内市に合併統合されました。

 私たちは,1) 貝池が,密度の大きい海水が流入し滞留することにより,年間を通して全層循環が起こらない,いわゆる部分循環湖であること,2) 海鼠池はほぼ海水とされているものの,ここには固有種と思われる魚介類が生息しているなど不可思議な現象が多く知られている。にも関わらず,十分な研究がなされていないこと,3) 鍬崎池は,ほとんど淡水とされているが,かなり塩分が高く,表面は別として,湖底付近の水ー堆積物界面付近では必ずしも単純な状態ではないことが予想されたこと,4) さらに三つの湖が歴史的な遷移ステージをそれぞれ代表するのではないかとされることから,予備的な研究を実施し(福島ほか,1990),関心を寄せてきました。

 一般に湖の水は,春-夏に表面付近が暖められると,密度が小さくなり,底層の冷たく密度の大きい水との間で安定な層構造を作ります。表面での生物生産が活発な湖では,この時期多くの有機物が生産され,それらが排出されたり,死体として沈降し,下層に供給されると,そこで微生物による活発な分解を受けます。溶存酸素があるうちは良いのですが,成層がしっかりしていると表層水から酸素が供給されませんので,やがて酸欠状態となり,酸素を使って分解する微生物は消滅し,かわりに酸素を使わず,硝酸塩,鉄・マンガン,硫酸塩を使って有機物を酸化分解,またはメタン発酵する嫌気性微生物群集にとって変わられます。内陸にある淡水湖の多くでは,夏季に成層が作られますが,秋-冬にかけ,表面水温が低下すると密度が逆転するために,水の上下混合が深いところまで起こり(全循環という),溶存酸素が行き渡るようになるのが普通です。

 これに対し,海水と淡水のように塩濃度が大きく違うと成層が安定し,上下の水の混合が起こりません。このため有機物の分解で酸素が消費される湖の深層では,新たに酸素が供給されず,結果として周年溶存酸素ゼロの状態が続くことになります。こうした無酸素状態では,それに適応した微生物群が独特の生態系を形作ります。スケールの大きな例ではトルコ・ウクライナ等の国境に広がる黒海があります。黒海の最大水深は2000mを超えますが,地中海との接点,ボスポラス海峡の水深は30mにも満たないために,底に流れ込んだ海水が長期間にわたって下層に滞留し無酸素層を形成しています。このような湖は,日本国内では,福井県三方五湖の水月湖が有名です。


 海鼠池


  

 海鼠池は,湖表面積0.52 km2,最大水深22mで,エンドウ豆のさやのように大きく3つの湖盆に分かれています。最深部は南側の湖盆にあります。その名のとおり,江戸時代に放流されたなまこがとれ,現在はそれほどなまこ漁は活発ではないけれども継続しているようです.この湖には海藻類,腔腸動物(クラゲ),巻貝・二枚貝(アコヤガイ)のほか,シマイサキなど海水魚が多く住み着いています。地表では湖と海とはつながっていませんが,湖には礫州を通じて海水が浸入,また湖水が流出しています。それは,湖水面が海面の上下(汐の満ち干)に応じて変動することからもわかります.塩分は海水とほとんど変わらない。


貝池


 貝池(最大水深11m,面積0.16km2)と海鼠池とは,およそ50cm幅×2mの水路を通じてつながっており,満潮時には浸入した海水が貝池側に流入し,干潮時は貝池から海鼠池へと水が流れます。海鼠池から侵入した海水は,貝池の表層水よりも密度が大きいために深層に流れ込み滞留します。貝池の成層は非常に安定で,水深4-5mより下層の水は周年無酸素で,硫酸還元菌が働く結果,硫化水素で飽和しています。上下の境界にあたる水深5mより下層では,硫化水素と太陽光を使って光合成をするイオウ細菌と,おそらく発酵によってメタンを生成する,さらに生じたメタンを酸化するメタン細菌が濃密に生息しています。

 貝池でとくに特徴的なのは赤い色素をもつ紅色イオウ細菌Chlomatium sp.です。紅色イオウ細菌は,その名のとおり赤い色素をもち,水深5m付近に厚さ50cmほどの層を作っています。これはバクテリアプレートと呼ばれています。太陽光はこのプレートを通過すると可視光のほとんどが失われてしまいますので,プレート以深はほとんど暗黒の世界です。魚介類や動植物プランクトンは成層上部の浅いところでは生息可能ですが,プレート以深では生きていくことができません。このためプレートより下層での生物は緑色イオウ細菌 (Chlorobium sp.),硫酸還元菌と古細菌に分類されるメタン細菌に限られてしまいます。

 写真は貝池の浅いところに生息する巻貝,バクテリアプレート層から汲み上げた水およびそれをろ別して得た赤いバクテリアを示しています。

鍬崎池

 鍬崎池は,海鼠池・貝池とは独立した湖で,表面積は0.14km2,最大水深は5.9mとされています。塩分は私たちが調査に行った2001年は,実際にはこれよりも浅く,5mを超える箇所は見つけることができませんでした。水生植物も多く,おそらく急速に埋積が進んでいるものと思われます。
  2007年度の卒業研究で,嶋津は,2001年に採取され,凍結保存されていた鍬崎池堆積物中にC25HBI highly branched isoprenoid hydrocarbons:HBIs)を見出しました。しかもC25HBIsは,およそ30cmの深さから急激に増加していることがわかりました。その深さは,何らかのイベントで粗い粒子が堆積した直後に相当することから,その原因となったイベントが何であるのかを見極める目的で,2008年8月には,湖の陸側,中央,海側でそれぞれ底泥を採取しました。また2010年5月には,水質(水温・密度など)を湖内各点で計測し,水塊構造の成り立ちを調べました。分析結果を現在まとめているところです。 

  

                  陸側             中央               海側

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