浅間火山2009年2月2日噴火における投出岩塊の温度推定の試み

 2009年2月2日に浅間山山頂火口で起こった噴火は,現時点では水蒸気爆発にきわめて近い噴火とされている(東大地震研).夜間であったこともあり,同噴火の肉眼で観測情報は少ないようであるが,山麓に設置されたいくつかのライブカメラにはその様子が記録されている(利根砂防,まえちゃんねっと,北軽井沢ネットワーク).これらの画像の中でまえちゃんねっと,北軽井沢ネットワークが撮影に成功した噴火写真には,おそらく大きな噴石と思われる岩塊が赤色から白色に写し出されていて,これらの岩塊がかなりの高温であったように見える.しかし,噴火当日からそれ以降に山麓で観察,採取された火山礫,火山灰からはそれらが高温であった証拠は得られていない.
 噴出物の温度を知ることは噴火様式をよりより正確に認識するために重要と考え,我々は撮影された写真を解析することで温度の推定を試みたので,その方法と結果を報告する.

- 実験方法の概要 -
 デジタルカメラで標準物質の温度を変化させながら撮影し,その輝度を数値として取り出し,実際に撮影された画像の輝度と比較することで噴出物の温度を推定する.


噴火時のデジタルカメラ映像

提供 まえちゃんねっと 提供 北軽井沢ネットワーク
撮影条件:NIKON D40 ISO1600 F値2 露出時間30秒 撮影条件:NIKON D40 ISO1600 F値4 露出時間30秒

まえちゃんねっと による 浅間山噴火映像−2009年2月2日(月) 未明−


実験T 試料の温度の測定法

 実験には全岩化学分析に用いるガラスビードを作成装置(PHILIPS NP1234)を用いた.この装置は白金坩堝に入れた粉末試料を高周波誘導加熱することによって溶融させることが出来る.溶融温度は温度調節つまみでコントロールでき,その温度はフロントパネルに表示されるが,温度計が白金坩堝からわずかに離れて設置してあるため,表示温度は実際の溶融温度よりかなり低い.そこで,表示温度とガラスビードの実温度を対応させるための較正実験を行った.実温度の測定は熱電対(テクノセブンD616)をビードに直接さし入れることで測定した.結果を右のグラフ1に示す.以後書き示す温度はビード作成装置の表示温度をグラフ中の近似式で換算した温度である.
 なお温度測定に用いた試料は安山岩(SiO2 56wt%,Fe2O3 8wt%)粉末2gと四ホウ酸リチウム4gを混ぜ合わせ一旦溶融固化させガラスビードにしたものである.

グラフ1
温度較正実験様子(熱伝対固定のため坩堝を石板で覆ってある) ビードにさし入れた熱伝対


実験U ビードの温度と露出時間,得られた輝度の相関

 撮影は夜間に実験室は消灯し,ブラインドを閉め,外光がなるべく入らない条件で行った.実験に用いたカメラはNIKON D80である.実験に用いたカメラとレンズではF値は4.5が最小なので,北軽井沢ネットワーク画像(ISO1600,F4,露出時間30秒)との比較を目標にISOは1600に固定し,F値4.5とした.そして試料温度を段階的に変化させながら,露出時間をそれぞれの温度で段階的に変えて,写真撮影を行った.撮影距離は750mmである.
 画像の輝度は実験Tで温度計をさし入れた付近の領域(48×76ピクセル)で,RGB値をそれぞれ取り込み,各ピクセルの輝度を[輝度 = ( 0.298912 * r + 0.586611 * g + 0.114478 * b )]として計算し,領域ピクセルを平均した値である.
なお,輝度の最大値は256である.ここでは輝度256に近づくことを輝度飽和という用語を使って表すこととした.例えばグラフ2の,露出時間30秒の場合,約620℃では輝度飽和に達している.

グラフ2 グラフ3
 露出時間にかかわらず,輝度50程度までは緩やかな上昇カーブを示し,それから輝度飽和付近まで,温度と輝度は傾きの大きい直線で近似されるような,比例関係を示す.
 このことは輝度50〜250弱の範囲では,輝度から温度を推定できることを示している.しかし,傾きが急なため得られる温度の誤差は大きくなる可能性が高い.
 実際輝度の読み込み領域をずらすことによって20℃程度の温度誤差があることを確認した.
 このグラフから,およそ650℃以下では,輝度飽和に達するには30秒以上の長時間露出が必要であることがわかる.
 一方,700℃を超えると,ごく短時間で輝度飽和になる.
温度(℃)\露出時間(秒) 30 15 8 4 2 1 1/2 1/4 1/8
796
740
701
653
601
552
530
492
450
396
各温度,露出時間で撮影されたガラスビードの色

 なおガラスビードを加熱した時,肉眼で赤みを認識できるようになるのは約470℃, ISO1600 F値4.5 露出時間30秒の撮影条件で得られた画像をレタッチして,ガラスビードが発する赤みを認識できるのは約430℃であった.

実験V 加熱した安山岩画像の輝度

 グラフ2で得られた結果が実際の安山岩試料に適用できるか確認する実験を行った.実験に用いた試料は2004年9月1日噴火で噴出した安山岩の火山礫である(礫の長径は3-4.5cm).
 下図に示した温度で安山岩を2個,電気炉を用いて設定温度に到達後5時間程度加熱した.加熱試料を素早くトングで石板上に取り出し,炉の扉を開けてから10-15秒内に,写真撮影を開始した.撮影条件はISO1600,F4.5,露出時間30秒である.

500℃ 550℃ 600℃
650℃ 700℃ 750℃
800℃ 850℃ 900℃
赤熱して発光した安山岩は実験室を消灯して撮影したもので,カーソルをあてた時に現れる写真はその直後,実験室を明るくしてから撮影したもの.
 加熱安山岩は上記条件で撮影した各画像の輝度の最大値をプロットした.

 ガラスビードと示した曲線はグラフ2の露出時間30秒のもの.加熱安山岩はそれぞれの加熱温度でガラスビードより輝度が下がっている.

 安山岩は高温で加熱するほど輝度の低下が大きい傾向があるが,これはもちろん電気炉から取りだした安山岩が冷めた影響である.(実際に撮影中に肉眼でも赤みが失せていくのがよく分かる.)700℃の加熱安山岩の輝度が下がっていないのは,グラフ3で示したように,高温試料だと短時間のうちに輝度飽和に達するので,その後いくら冷めても,輝度が下がることがないからだと解釈できる.600℃に比べ700℃の方が輝度の低下が小さいのも同じ理由による.

 加熱安山岩の輝度をガラスビードの曲線に当てはめて,得られる温度は輝度飽和に達しない限りは,撮影した安山岩の最低温度をあらわすものと解釈でき,加熱温度と比較すると,50℃程度の温度低下が認められる.
グラフ4

放射率(ε)の影響

 ここまでの実験で,噴出物の温度を画像から解析する上で重要なことは,グラフ2がもっている誤差と,温度低下の影響であったが,もう1点,物質の放射率(ε)の影響を考慮する必要もある.
 物質はその物質固有の放射率によって実際の温度と目に見える明るさに差が生じる.例えば同じ温度であっても放射率1の物体と放射率0.5の物体では後者の方が暗い.

 グラフ5は,CHINO社電子式光高温計の取扱説明書に記された放射率と補正値の表をグラフ化したものである.(この光高温計は650nmの赤色光の色で温度を測れるが,温度測定範囲の下限は700℃である)

 グラフは800-1600℃の各温度で,測温物質の放射率による補正値を示している.例えば放射率0.4の物質の放射温度計の読み値が800℃だった場合は縦軸に示した補正値を加えて,実際の温度は850℃となる.

 実験Uで用いたガラスビード,実験Vで用いた安山岩の放射率は未知ではあるが,800℃以下の場合,グラフ5から類推するに,放射率の違いによる補正値の差は50℃以内であろう.そこで,グラフ2の温度誤差はこれまで述べてきた誤差を内包させ,±25℃程度あるものと考え,以下の考察に用いることとする.
グラフ5

実験W カメラのF値と輝度

 分析対象としたい画像と撮影したカメラと,これまで実験に使用したカメラはそもそも異なるので,カメラ間の校正が必要ではあるが,ここではF値についてのみ補正を行うべく検討する.
 実験U−WはF値4.5で行ってきたが,当実験を行ったカメラでは北軽井沢ネットワークのカメラと同じF値4にはできないので,F値4.5とF値4の時の輝度の差を見積もる実験を行った.

 実験Uの結果をふまえ,輝度飽和に達しない程度の温度になるように,621℃,605℃,576℃の各温度で実験を行い,参考のため露出時間を変化させた実験も行った.
 605℃の実験のF値は,4.5,5,5.6,6.3,7.1,8,9,10,11,16,22,29で,グラフの左端の点が全てF4.5の実験結果である.

 F値はその定義上,2倍になると入光量は1/4になるという関係があるので,F4.5はF4の約79%の入光量になるが,グラフにF4を外挿してみると,621℃の実験(輝度飽和に達している)以外はF 4.5に比べて輝度で5-20程度上がるのみ(差は10%以内)と,その差は先に述べた誤差に含まれる程度に小さい.

 このことから,以下の検討ではF値4.5と4で生じるであろう輝度の差は考慮しない.

グラフ6

投出岩塊の推定温度

 「まえちゃんねっとカメラ2」と「火映カメラ@北軽井沢ネットワーク」は噴火中の映像を1分間隔で撮影している.「まえちゃんねっとカメラ2」は浅間山山頂火口の北方約8km地点に設置されており,2月2日噴火時の火山岩塊の飛跡,カメラ方向へ飛来し,山腹へ着弾,バウンドや転動する様子をよく捉えている.「火映カメラ@北軽井沢ネットワーク」は山頂火口の北方約10km地点に設置されており,火山岩塊が着弾する山腹を斜め方向から捉えている.(まえちゃんねっとによるカメラの位置図へ
 最初に示したように,「まえちゃんねっとカメラ2」の撮影条件は,[NIKON D40 ISO1600 F値2 露出時間30秒] で,「火映カメラ@北軽井沢ネットワーク」の撮影条件は,[NIKON D40 ISO1600 F値4 露出時間30秒]である.両カメラの撮影条件の一番の差はF値であり,F値2の「まえちゃんねっとカメラ2」はF値4の「火映カメラ@北軽井沢ネットワーク」の4倍の光量を得られることとなり,噴出した火山岩塊は非常に明るく写し出されている.
 ここでは実験の項目で先述してきたような理由により,「火映カメラ@北軽井沢ネットワーク」の映像を解析に使用させていただきます.

解析に使用した画像の例(元画像をトリミングし縮小してあります)
2/2 2:01撮影 提供 北軽井沢ネットワーク 2/2 2:02撮影 提供 北軽井沢ネットワーク 2/2 2:10撮影 提供 北軽井沢ネットワーク

 2月2日2:01から2:11に撮影された高温の火山岩塊と思われるものが写っている映像のうち,2:08映像は爆発時の強い光に山腹が照らされているため,解析対象外とした.また,2:09映像はホワイトバランスが異なっているせいか,やや紫色がかっているのでこちらも解析していない.解析に適切と判断した映像から転動やバウンドのために見られる光跡の少ない,明るい点を選び,その領域の輝度を算出し,最大値をその火山岩塊の温度を推定するための輝度とした.

 解析して得られた輝度の多くは100-210程度で,まれに240を超えるものもあった.輝度100-210の点を示す岩塊が,シャッターが開いていた30秒間,ずっとその位置で静止していたとすると,グラフ2より,それらの温度は550-600℃となる.しかし実際には「まえちゃんねっとカメラ2」にはっきりと写し出されているように,火山岩塊は着弾後,バウンドしたり転動したりして定置するまでに時間がかかっている.そのため間違いなく温度は下がっているので,550-600℃という数値は最低見積もり温度である.またそれらが全てシャッターが開いた瞬間にその場に静止したとも考えにくく,その多くはシャッター開放後の30秒間の露出中に定置したものであろう.例えば同じ輝度100-210であってもシャッター解放後15秒後に着弾あるいは転動後静止した(15秒露出)とすれば,570-620℃となるし,22秒後(8秒露出)とすれば600-700℃となる.そもそも輝度200を超えるようなものは,30秒露出の間の一瞬で写りこんだと考えることも可能で,その場合の温度は700℃を超えるであろう.しかし,それぞれの1分後の写真でなお同じ位置で赤色に見えるものは少ないことから,少なくとも岩塊表面は速やかに500℃程度までは冷めたのであろう.
 一方で飛跡が赤い放物線として写っていることからも噴出物がかなり高温だと類推することが出来る.火口からなるべく遠い,背景が黒に近いところで,いくつかの飛跡の輝度を求めたところ50前後であった.飛跡の長さや岩塊のスピードははっきりしないが,グラフ3から判断すると,短時間で輝度50になるのには700℃以上の温度があったと考えるのが妥当である.

 以上の実験および考察から,我々は2009年2月2日噴火で噴出した火山岩塊は700(±25)℃以上の高温で火口から噴出し,着弾定置後は急速に500℃程度まで冷却したと考える.


謝辞

「まえちゃんねっと」・「北軽井沢ネットワーク」 には貴重な映像の使用を許諾していただきました.
画像からRGB値を数値として抽出するのには平林純氏作成のPhotoshop表計算プラグインを使用させていただきました.
どうもありがとうございます.


2009/3/2暫定版として公開
    3/4一部加筆


実験;津金・荻野目,文責;津金

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