山岳地域の地形や雪渓などの物理的環境の険峻さや荘厳さは言うに及ばず、可憐な高山植物や高山蝶・ライチョウなどの山の生態系は大変貴重で氷期からの生き残りとも言われている。しかし、その生態系は地球規模での環境変動に対して極めて脆弱でもある。これは、山岳地域の生態系が温度条件や水文条件などの厳しい極限環境下で成立していることや、気温が高度とともに減少するため、気候変動などの影響がより狭い空間で発現することを意味している。水平での移動に比べて高度の差異による気温の変化は格段に大きいのである。わが国の気象官署における年平均気温と緯度の関係を見ると、標高の高い富士山や信州の観測点を除けば、緯度と年平均気温は見事な直線関係になる。この関係によれば、年平均気温が1℃変化するためには、南北に118 km移動しなければならない。しかし、気温逓減率を0.65℃/100 mとすれば、標高差では154 mあれば気温は1 ℃異なる。つまり、気温の水平的な変化に対して高度方向の変化が約800倍も急激であることになる。植物の分布は大局的には気温によって規定されるので、高度とともに急激に気温が変化する山岳域では、気候変動の影響による植生の変化は敏感であることになる。また、標高の高い寒冷な環境に生育する植物は、気温が上昇すれば住処を失うことになる可能性もある。植生が変われば昆虫の分布も変わり、ついには大型動物にまで影響が出てくることになる。地球規模での気候変動の影響が山岳域では如実に現れることになる。 (「雪氷」77巻1号より その3)