「木曽ヒノキ林伐採で賛否」

天然林?自然林?まず,基礎知識の整理を.



UPDATE: 2007年5月14日

「天然林は壊滅の危機」環境団体

「林の更新 産業維持に」林野庁 信濃毎日新聞2007年5月14日


2007年5月14日付けの信濃毎日新聞(全国の方はおわかりにならないかもしれませんが,長野県内の主要地方紙です)に,

「木曽ヒノキ伐採で賛否」

という見出しの記事が出ていました.木曽地方の国有林の木曽ヒノキ伐採について,環境団体,林野庁でいろいろ意見が分かれています.

私は,賛成,反対をいう立場にありませんが,二つの整理すべき問題点をあげたいと思 います.

1. 天然林は自然林(原生林)か?
2. 独立採算性をどうしていくか?

まず,1の天然林について.
皆さん,天然林と自然林の違いって分かりますか?天然林のことを自然林ととらえてい ませんか?

 違うんです.自然林は,人手の入っていない,文字通り自然の林.俗 に言う「原生林」です.専門家は,原生林,という言い方はあまりしませんが.
 では,天然林とは何でしょうか.天然林とは,植林をしていない林,な んです.ですから,例えば,スギやヒノキの人工林を皆伐しても,そのあと何も植えず に,何か木が生えて林になれば天然林なんですね.天然生林ともいいます.
(ベーシックマスター生態学 p.31 オーム社)

 この新聞で取り上げられている場所はどうなんでしょう.記事を読む限りは分かりません.もともと植林地だった所かもしれませんし,自然林である所を新聞 記者が「天然林」と表現しているのかもしれません.で,ちょっと心配なのが,本当はもともと植林,伐採地のあとに何も植えないで再生した天然林の伐採に対 して,一般読者が「林野庁が,原生林(自然林)を伐採しようとしている」と誤解をしてしまうかもしれないと言うことです.

自然林と,人工林についてのつきあい方はほぼ明確にすることができます.すなわち, 自然林は保護,人工林は保全,です

保護と保全,どう違うかって?私の「環境基礎理論」をとった皆さんはきちんと分かっていると思いますが(^^; 

・人の手を加えずに守っていくのが保護
・人の手で管理をしながら守り,育てていくのが保全 です.

 自然林は,ある短い時間間隔(といっても,数十年,数百年)で見たとき,樹木の更新(世代交代)がうまくいっていないような場面であっても,それは自然 の姿なのですから見守っていくべきです.
 もちろん,自然林が人の手で破壊されていくような場面では,その「人間の活動」を押さえていかなければなりませんが.

一方,人工林は,人間が,自然ではあり得ないような密度で,単一の種(時にはクローン)を植えて,人間の都合の良いように作ってきた林なので,人が手を加 える,すなわち,適切な管理をしなければ,維持できません.台風で過植された林木が一斉に倒れたりするのを,しばしば見ますね?ああならないように,人が 管理しなければなりません.こうした管理がきちんと行われていない状態が,林業関係者のいう「山が荒れた」状態です.

さて,今回対象になっている天然林がどんな所か,ということについてはよく分かりませんが,多分,かつての伐採跡地に,植えずに成立した天然林のように見 えます.自然林ではなく.新聞の写真を見る限りですが.
 ただし,樹齢300年を超える...といった記述も新聞中に見られます.いったん切ったあとでも,300年たてば自然の森,という感じは,確かにうなず けますね.

 こうした現状を見ると,(自然林ではない)天然林は,木材としての財産,環境保護(土壌保全や,保水)のアイテムとしての財産,の二つの観点から みて,どうやって管理していくのかという点が,不明確なことが問題点だといえましょう.これをある程度の基準を設けないと,森林という財産をどのように有 効に利用していくかは,議論できません.ここが大事な所です.切るな,という人たちは,天然林も自然林と同じように扱え,という主張なのでしょう かね(分かりませんが).しかし,件の信濃毎日新聞の記事には,こうした視点はありません.天然林=自然林と考えていて,自分たちは自然林のことを扱って いる,と考えているのかもしれませんね.

では,林野庁はなぜこうした林を切らなければならないのでしょうか?ひ とつは,地域の産業のためでしょう.地元の業者さんに払い下げて,歴史ある木曽のヒノキ産業を育てなければなりません.
 しかし,「環境保護林として,残しておく,って言うのも一つの手なんじゃない?」 という意見もありましょう.
 ですが,どんどん切ってきました.それには切らなければならない仕組みがありま す(ありました).それが,林野庁の独立採算性で す.

2. 林野庁は独立採算性でやってきた

 歴史的に,林野庁は,独立採算性でやってきました.これは,林野庁は,国有林の木(木材)を打って,その売り上げで財布のやりくり をしなければならない, という仕組みです.これは,かつての国鉄(日本国有鉄道)と同様です.

 森林には,水源涵養機能があります.緑のダム効果ですね.森がなければ,大雨が降ったときに,山から鉄砲水が来て,下流は大洪水です.ダムなんかいくら あったってダメでしょう.すぐにあふれてしまいます.
 また,土壌浸食を押さえる役割があります.山に森がなければ川は土砂で埋まってしまいます.もちろんダムも.飲み水にも,農業用水にも困るでしょう.
 ですから,こうした,森林の持つ機能をお金に換算したら莫大です. そういう林を切っちゃおかしいんじゃないとの思うかもしれませんが,そういう森林を 持っていても,守っていっても,林野庁は一円にもならないんです(ちょっと大げさかな.今は,国からの税金も入ってはいます.最近は,詳し くは皆さん自分で調べてみて下さい).
 だから,木を切って,売って,稼がないといけません.いけませんでした.
 
木を切る林野庁を悪いと攻めるのは簡単です.しかし,そうせざるを得ないシステムに 目を向け,これを変えない限り,どうにもなりません.

かつて,知床の自然林が「自然の再生をうながす」という名の下で伐採されましたが(こちらは天然生林ではなく,自然林でした.農工大の福嶋先生の授業で聞 きました),こうした背景があったのでしょう.

 で,どうするかといえば,具体的には,先に挙げたような森林の環境保全機能をきちんと評価し,税金をつぎ込 んででも守ろう,その管理を林野庁にお願いしよう,というような仕組みをつくるべきだろう,ということです.

 しかし,現在,政府の借金が800兆円,地方の借金が200兆円あわせて1000兆円といわれていますから,現実には非常に困難です.道路特定財 源のように,例えば水道料金から森林保全のための税金をもらうようにすると か,そんなことを考えていかなければならないかもしれません.環境税,ですね.
(特定財源も一般財源化しようとしていますから,困難でしょうけど)

「そんなこと,突然いわれても,できないよ」

そうでしょう,そうでしょう.ですが,現状を把握していくことは,明日を変えていくためのステップとなります.

追伸.
 日本の年間税収は40兆円ぐらいのはずですが,800兆円の借金はどうやって返すんでしょう.ま,返すのは,借金をしてきた現役世代でなく,現在選挙権 も無いような子供たちですが...いいのか !?

追伸2.
 後日,当研究室の卒業生である横山君が,この件について,コメントをくれました.クリックで飛べます.横山君,ありがとう.

木曽のヒノキ林 追記