松本市里山辺の植物

農学部食料生産科学科一年 関根秀明

私が幾度となく通った里山辺の山林に生育する主立った植物を、それに集まる昆虫と共に紹介します。
植物だけでなくどのような一次消費者が生息しているかを知れば、その環境における生物多様性の程度を理解しやすいと思います。


ア カマツ マツ科

二葉松。陽樹なのでここ標高6〜700メートルの森林で極相ではありません。しかし1000メートル程までの松本市周辺の山林を覆 い尽くしているといって も過言でないほどに密度が高く、この地域を代表する樹木であるといえます。
大量に生育していますが多くは植林でなく、二次林です。
この写真でいえば、生育状況に個体差があることや、落葉広葉樹の低木が生えてきていることが二次林の証。

マツノザイセンチュウによる松枯れはこの周辺でも多く見られます。マツノザイセンチュウの媒介者であるマツノマダラカミキリも生息しているはずですが、私 はまだ見たことがありません。

大変密度が高いため、アカマツを寄主植物(host plant)とする昆虫の密度も比例して高いです。種数も多いです。
下はアカマツをhostとする昆虫(左はツヤケシハナカミキリ、右はヒメヒラタタマムシ)。

 
イ ロハモミジ カエデ科

この個体は植栽されたものかもしれません。自生しているカエデにはヤマモミジも含まれていたと思います。ヤマモミジの 方が葉が大きく葉柄も長いイメージで同定しました。

里山辺では5月上旬頃に赤い小さな花が咲きます。この花には花粉や蜜を食べにくる昆虫が大変多く集まります。
5月の初めは昆虫が一斉に活動し始める時期なので、この花にくる昆虫はアブ、ハナノミ、ハチ、カミキリムシ、ハムシ、ゾウムシなど様々です。

下の画像は花に来たカエデヒゲナガコバネカミキリですが、私が埼玉に住んでいたころのイメージではヒゲナガコバネカミキリ属自体珍しい種類で、実物を見た こ とはありませんでした。松本周辺なら多少いるだろうと思って探してみると、一日に300頭くらいの個体がみられて感動したとともに幻滅しました。
カエデヒゲナガコバネカミキリ Glaphyra (Glaphyra) ishiharai (Ohbayashi, 1936) 


里山辺ではGlaphyra属が3種類、Molorchus属が1種類見つかりました。

カエデヒゲナガコバネカミキリのhostはアカマツで、Molorchus属 のオニヒゲナガコバネカミキリもアカマツでした。
両種とも分布が局所的ですが、里山辺ではたくさん見られ、原因が大量に生育しているアカマツだというのが簡単に推測できます。



ネムノキ マメ科

写真は7月、花が咲いているところです。この花にはあまり虫が集まるイメージはありません。

葉は偶数羽状複葉で互生しています。
マメ科植物の花は特殊な形(蝶形花)をしていることが多く、ミツバチ科が特異的に利用する場合があります。
特にフジではクマバチが花粉や蜜を集めているのをよく見かけます。あれはミツバチ科でないと利用することができない形です。ネムノキは例外的に蝶形花では ないマメ科植物です。

里山辺にはネムノキをhostとするホタルカミキリが多く生息しています。カエデの花に訪れているのをよく見かけます。
ネムノキの立ち枯れでは時にホタルカミキリが運動会状態でいるところを見ることができます。



リョウブ リョウブ科

写真は7月、花が咲いているところです。ここでは7月中旬から咲き始め、多くの昆虫を呼び寄せます。

葉は枝の先に集まっているため互生・単葉というのがわかりにくいです。

この花に来ていたのはハナカミキリの仲間やクスベニカミキリ、トラカミキリの仲間、ハナムグリやハナノミ、ハチ類でした。





ノリウツギ ユキノシタ 科

写真は7月、花が咲いているところです。山地に多く自生しています。7,8月に白い密集した花がみられます。

名前にウツギとありますが、属名からアジサイに近い種だということがわかりました。対生・単葉。

この時期に咲く花としては昆虫を呼び寄せる力は最も強く、この写真を撮った日もハナカミキリの仲間など小型〜中型の昆虫が数多く訪花していました(下の写 真)。




交尾しているアカハナカミキリ

昆虫が訪花するのは主に2つの理由があります。
一つは体を成熟させるための栄養分をとること。性成熟や成長のためです。
そしてもう一つはこの写真のように、子孫を残すための相手と出会うためです。
ノリウツギの花の上は昆虫が高密度でいますから、「採食・捕食・生殖」がいたるところで行われているのを観察できます。







ヌルデ ウルシ科 

上の2枚と左の写真
奇数羽状複葉で互生します。葉軸に翼があるのが大きな特徴です。他のウルシ科の植物と見分けるのに有効な特徴の一つです。
右上は蕾です。花は8月に咲き、これもまた多くの昆虫を引き寄せます。集まる昆虫はノリウツギとあまり変わりません。

6月あたりから葉裏の葉脈が黒ずんでいるのを見ることがあります(左)。里山辺ではこの場合、ほとんどヨツキボシカミキリがかじった痕です。
本種を一度見かけたことがあるのですが、残念ながら写真を撮り損ねてしまいました。




ニワウルシ ニガキ科 別名シンジュ

奇数羽状複葉で互生します。里山辺で新芽から老木まで多く見られる種です。

中国原産で今は野生化しています。本種をhostとする昆虫で最も有名なのはおそらくシンジュサンでしょう。
松本近辺には関東では少なかったシンジュサンがごく普通にみられます。日本ではヨナグニサンの次に大きい蛾(つまり日本で2番目の大きさ)だと思います。

もしニワウルシの枝が途中で折れていたら、それはホホジロアシナガゾウムシが産卵した痕の可能性があります。里山辺ではこの種が大変多くみられます。産卵 痕も簡単に見つかります。

シンジュサンもゾウムシも、ニワウルシが日本に入ってくるまで他の近縁種をhostとしていたと思います。



イタドリ タデ科

新芽が山菜として食用にされるのが有名な草本です。互生・単葉。

花期はこの標高では9月ごろですが、広い垂直分布をもつようなので早くて7月下旬、遅くて10月まで花がみられます。花にはケヤキをhostとするアカジ マトラカミキリが訪れるそうで、関東で探したことがありますが未だ見たことはありません。

春先から7月ごろにかけて、イタドリをhostとする昆虫で主な2種が観察できます。
イタドリハムシという斑紋の個体変異が激しいハムシ科の昆虫と、カツオゾウムシというゾウムシ科の細長くオレンジ色の昆虫です。

2種とも里山辺で普通ですが、動物除けの柵を内側に入るとイタドリが一気に見当たらなくなり、これらの昆虫も見ることが難しくなります。シカの食害がいか にすさまじいかを実感できました。



オニグルミ クルミ科

奇数羽状複葉で互生します。田舎の直売所でオニグルミも「クルミ」として販売されているのを見たことがあるので食用なのでしょう。 私は食べたことはありません。普通はテウチグルミという種が栽培され実が販売されるようです。

サワグルミに似ていますが、オニグルミより葉がさらに細長い気がします。成長した時に樹皮がより深く裂けるのがサワグルミというイメージもあります。

ここではオニグルミクチナガオオアブラムシというアリと絶対共生をするアブラムシを観察できました。
他にオニグルミに特異的につく虫はオニグルミノキモンカミキリが有名ですが里山辺では未だ見ていません。
オニグルミの密度はそこそこ高いので、必ずいると私は確信しています。




 オニグルミの実が成っていました。里山辺にリスがいるのを見たことがありますが、たまにリスがクルミをかじった痕を発見することもあります。






クズ マメ科

上の写真2枚
このマメ科植物は花が蝶形花でネムノキと違います。
根からでんぷんを抽出して葛粉をつくる文化があるのは有名で利用価値が無くはありません。しかしいたるところに繁茂する繁殖力は海外で厄介者扱いされてい ます。
日本でも放置された土地や河川敷に大量に生えているのがみられますが、これが松坂市で問題を引き起こします。
近年南の方からフェモラータオオモモブトハムシというハムシ科の昆虫が日本に入ってきました。彼らのhostは主にクズで、松坂市の河川敷を埋め尽くすク ズにすぐ定着しました。河川敷を伝って分布は一瞬にして広がり、全滅する機会を失いました。問題はこいつらがサツマイモなどに農業被害をもたらす可能性が あることで、もし寄主転換がおこれば農業に与える被害は甚大でしょう。この種はいま日本で一番大きなハムシだからです。
長野県にこのハムシは入ってきていませんが、いずれそんな時が来るかもしれません。

ちなみに里山辺にいるクズがhostの昆虫ではマルカメムシが一番多いと思います。



エノキ ニレ科

互生・単葉
国蝶オオムラサキの食草であることはとても有名です。同じタテハチョウ科でゴマダラチョウというのもエノキを食べ、里山辺にもいます。
関東地方では外来のアカボシゴマダラが生息域を広げつつありますが、これもエノキが食草です。松本にまでは進出していないようです(2014年7月現 在)。

何年か前に松本でオオムラサキが大発生したことがありましたが、そうでなくても松本ではオオムラサキの密度が高いです。つまりエノキもたくさんあるという ことでしょう。

オオムラサキの画像は左上です。かなり寄って撮影できました。



クリ ブナ科

里山辺でもみられますが、もう少し標高を上げて美鈴湖あたりまで行くとかなりの密度で生えているのがみられます。

6月に咲く花には多くの昆虫が集まります。
巨木の樹幹にも集まる虫がいます。里山辺で見られたのはマツシタトラカミキリで、樹上をたくさん這っていました。ゴマダラオトシブミのhostでもあり、 数匹見つけられました。

虫によって花粉が媒介され出来た果実は人や獣だけでなく虫にとっても食料となります。栗の実が虫に食われていたら、クリシギゾウムシの幼虫が入り込んでい るのかもしれません。

下の写真はクリの葉とクヌギの葉の比較です。ぱっと見区別しづらいですが、クヌギの大きく成長した葉は光沢があるのに対し、クリは比較的つや消しとなって います。
左:クリ 右:クヌギ


さらに下の写真はクリオオアブラムシで、これが大量についている木がクリだと判断できる材料の一つとなり得ます。








クリオオアブラムシ

アリと任意共生をするアブラムシです。野生のクリにはほとんどこれがついているといってもいいくらいです。
しかしクヌギにもつくことがあるのでクリだと100%の確信は得られません。


コナラ ブナ科

互生・単葉、はっきりと鋸歯があります。
コナラやクヌギで思い浮かぶ昆虫はやはりカブト・クワガタムシでしょう。ここ里山辺ではコクワガタとミヤマクワガタならば見たことがあります。

本当はミズナラと葉を比較したかったのですが、ミズナラが見つからなかったのでカシワと比較します。

下の写真はカシワで、大きな波状の鋸歯があることと、葉柄がほとんどないことで簡単に区別できます。
区別が難しいとすればミズナラとカシワの方ですが、それでもカシワの方が葉が大きく分厚いことで見分けがつきます。

カシワで思い出しましたが、マイマイガという蛾とカシワマイマイというよく似た蛾がいます。両方2014年は松本でも大発生していますが、その原因の一つ と私が考えるのはこの種らが様々な植物を食べることです。カシワと名に有っても食べるのはカシワもクヌギもクリもコナラもミズナラもサクラもリンゴもアラ カシも・・・。







以上で里山辺に生えている主な樹木や目立つ草本などがある程度紹介できたと思います。
植栽されているものも含めればユキヤナギやヤマボウシやアメリカハナミズキやミズキやコデマリやボケなどまだまだいくらでもありましたが、だいたい自生し ているものに絞りました。
これからも散策を続けて色々なことを学びたいと思います。





























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