19-1 エネルギー変換

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解答

最初の状態でのエネルギー(Ep(A))

最初の状態(=鉄塊が高さ 100 m にあって、運動していない状態)を状態 A としよう。運動エネルギー Ek(A) は速度が 0 m s−1 なので 0 J である。

位置エネルギー Ep(A) は 公式

 E_{\rm p} = mgh 

から求められる。代入すると

 E_{\rm p}(\rm A) = (10 \rm\ kg)(9.80 \rm\ m\ s^{-2})(100 \rm\ m) = 9800 \rm\ kg\ m^2\ s^{-2} 
 = 9800 \rm\ J 

となる。

地面に当たる直前のエネルギー(Ek(B))

鉄塊が地面に衝突する直前を状態 B としよう。B では、高さが 0 m なので、位置エネルギー Ep(B) は 0 J である。エネルギー保存則から、

Ek(A) + Ep(A) = Ek(B) + Ep(B)

となる。よって

 \displaystyle E_{\rm k}(\rm B) = 9800 \rm\ J 

最初の状態で鉄塊が持っていた位置エネルギーは、すべて運動エネルギーに変換されたと考えることができる。

地面に当たる直前の速度 (v(B))

運動エネルギーEk は 公式

 \displaystyle E_{\rm k} = \frac{1}{2}mv^2 

から求められる。Ek(B) = 9800 J より

 \displaystyle \frac{1}{2} m v^2 = 9800 \rm\ J 

v について解くと

 \displaystyle v = \sqrt{\frac{2\cdot(9800\rm\ J)}{m}} = \sqrt{\frac{2 \cdot (9800\rm\ kg\ m^2\ s^{-2})}{(10\rm\ kg)}} = 44.3 \rm\ m\ s^{-1} 

鉄塊の最終温度(T (C))

最後に温度上昇について考える。

衝突後を状態 C とすると、C では Ek(C)、Ep(C) は共に 0 J となり、それまでのエネルギー(9800 J)は全て内部エネルギーの上昇分 ΔU となる。

モル熱容量は、「その物質 1 mol の温度を 1 K 上昇させるのに必要なエネルギー」である。( \bar{C}_P の上のバーは「1 mol あたり」、を意味する。)

上昇した温度を ΔT、鉄のモル数を n とすると
内部エネルギーの増加 ΔU

 \Delta U = \bar{C}_P \cdot n \cdot \Delta T 

と表せる。

今のところ気にしなくて良いですが、厳密には

 \Delta U = \bar{C}_V \cdot n \cdot \Delta T 

です。固体の場合、温度変化に伴う体積変化が小さいので、定容熱容量 \bar{C}_V と定圧熱容量 \bar{C}_P はほぼ等しくなります。

鉄 10 kg は

 \displaystyle n = \frac{m}{M} = \frac{10\rm\ kg}{ 55.85\rm\ g\ mol^{-1}} = \frac{10 \times 10^3\rm\ g}{55.85\rm\ g\ mol^{-1}} = 179.1 \rm\ mol 

179.1 mol。(g と kg の対応に注意。)

よって、上昇温度 ΔT

 \displaystyle \Delta T = \frac{\Delta U}{\bar{C}_P \cdot n} = \frac{9800 \rm\ J}{(25.1 \rm\ J\ K^{-1}\ mol^{-1})(179.1\rm\ mol)} = 2.2\rm\ K 

となり、元の温度が 20 °C なので、最終温度は 22.2 °C。

エネルギーの差をとるという考え方

エネルギー保存則は「エネルギーは(その形態を変えても)総量は変わらない」という法則ですから、それぞれの形態のエネルギーの総量の和をとり

Ek + Ep + U = 一定

と考えると分かりやすいでしょう。しかし、これらのエネルギーのうち、「エネルギーの総量」を算出しにくいものがあります。

例えば、20 °C の鉄塊が持つ内部エネルギーの総量を正確に求めるのは困難です。
そのため通常は、それぞれのエネルギーについて基準値を決め、そこからの差について考えます。従って、通常使うエネルギー保存則の式は以下のような書き方になります。

ΔEk + ΔEp + ΔU = 一定

Δ は、それぞれの基準値からの差を表しています(別ページ参照)。基準値は、Ek では静止している状態、Ep は鉄塊が地面の高さにある状態です。そして U は、この問題では鉄塊が最初の温度(20 °C) の時の状態を基準値とし、これらをそれぞれ 0 とします。
(上の「解答」では、EkEp は基準が明白なので、 Δ を付けずに議論しています。)

20 °C の U を 0 とするいうのが、気にくわないかもしれません。
絶対零度での U を 0 とすればいいような気もします。しかし、モル熱容量が 25.1 J K−1 mol−1 というのは 20 °C 付近での場合であって、絶対零度に近いような低温ではこれとは異なった値となるし、測定するのも非常に難しいのです。

よって、 U の「差」についてのみ計算するのが理にかなったやり方です。

考えてみると Ep で地面の高さを 0 とするのも、地面を掘り下げることもできるわけですし、任意に基準を決めているといえます。
絶対値にこだわって、あまりに極端な基準(地球の中心を 0 とするとか)をとると、重力加速度が違ってきたり、−∞ が出てきたりしてややこしいことになります。

各エネルギーについて基準を定めることで、最初から最後までエネルギーの変わらないもの(例えば、上の議論における静電エネルギーなど)については、無視して議論を単純化できます。物性値のわかっている付近で「基準」をしっかりと決めて、そことの「差」について議論する、というのはこの後の熱力学量の扱いにおける常套(じょうとう)手段です。

なお、各エネルギー値の符号は、基準状態から物質がエネルギーを得て到達できる状態の符号を正(+)にとります。
(Ek なら速い、 Ep なら位置が高い、ΔU なら温度が高い 状態が +。いずれも物体がエネルギーを得て到達できる状態。)