東南アジア熱帯雨林のマカランガ属植物26種は幹内に特殊な共生アリと共生カイガラムシをすまわせている.アリはマカランガ幹内の中空部に営巣し,その強い攻撃性で,サルや昆虫の食害から植物を守り,一方植物は脂質に富んだ栄養体をアリに餌として提供する.またアリは幹内でカイガラムシ類を「飼育」し,それらをも餌源にしている.
われわれはマカランガ属と共生アリの関係がきわめて種特異的(特定の種が特定の種と関係をもつ)であり,かつmtDNAによる両者の分子系統樹が,共種分化関係を反映してほぼ平行になっていることを明らかにした.両者はここ2000万年ほどの間,緊密な共生関係を維持しながら,急激な適応放散をとげてきたと考えられる.動物と植物の間でこのように種特異的な共進化がみられる二者系は,イチジクとその花粉媒介をおこなうイチジクコバチの例などを除いては従来ほとんど知られていなかった.さらにこのマカランガ系に関しては,ごく最近になって共生カイガラムシまでも含めた三者が緊密に共進化してきたという事実が明らかになってきた.
さて,マカランガ属植物は熱帯雨林内の林冠が開けたギャップと呼ばれる場所(一つ一つが50m四方ほどしかない狭い範囲)にのみ生育し,常に5-8種が共存している.このような多種混在の状況のなかでアリと植物の種特異的な共生関係が長期にわたって維持されてきたのはある意味で驚きである.この種特異性の維持機構について調査をおこなったところ,共存するマカランガ8種はそれを食害する外敵が違っており @新芽を攻撃するタマバエ類の被害を受けやすいグループ(3種),A葉食性の昆虫によく攻撃されるグループ(4種),そしてB哺乳類・鳥類にしばしば幹を折られるグループ(1種)に分けることができた.この3グループの植物は外敵に対する化学防衛法が異なり,またそれぞれ別の系統グループに属するアリと共生していた.そしてこのアリたちは,パートナー植物種が苦手とする外敵生物に対抗するため,攻撃性などがそれぞれ特殊化していた.
これらのことから,アリと植物の種特異的な共生関係は,植物の外敵に対する弱点を補うように特定のアリ種がうまくマッチングしていることによって維持されていると考えられた.さらに,非常に近縁なマカランガの多数種が狭い地域内に共存できている理由もこのような防衛戦略の多様化によって説明できると考えられた.
次に,この高い種特異性がどのような至近メカニズムによって成立しているかについては,女王アリがマカランガ植物体表面の炭化水素組成の種間差を識別することによって寄主を選択していることが明らかになった.
このような動植物三者系に関する共進化研究は他に例がなく,しかもこのマカランガ系は共進化にかかわる要因の解析が比較的容易であるという利点がある.この系は生物群集において種間の協調関係を介して生物多様性が増大していく共進化プロセスとそのメカニズムを研究する上で絶好のモデル生物系といえるだろう.
現在はアリ(Decacrema亜属)-アリ植物(Macaranga属Pachystemon節)-カイガラムシ(Coccus属)三者の詳細な系統樹を作成している.この研究の目的は,マカランガ共生系に関与している三者の生物が,それぞれ近縁グループから独立した単系統群であるかどうか,またその分岐年代(共生の起源)や樹形は三者間で一致しているか(=共種分化の確認),そしてその生物地理的な分布や種特異性のパターンは熱帯アジアの地史とどう関連しているかなどを明らかにすることにある.
主要文献
2. 熱帯雨林における植物と動物の相互作用(1987-88年,1992年-)
地球上でもっとも高い多様性を保持する生態系-それが熱帯雨林である.その多様性は地上からはるかに高い林冠に存在し,植物と動物の共生関係がこの多様性を維持する上で決定的に重要であることがわかってきた.私はアリをめぐる防衛共生系(前述)以外に,送粉共生系,栄養共生系など,植物と動物の相互作用系について,おもに動物の行動生態という視点からアプローチしてきた.
まず,野生バナナ属2種の送粉システムを明らかにした.オオコウモリ類とクモカリドリ類の特定種が,それぞれ別の節に属するバナナ種の送粉にかかわっていた.バナナの開花生態は,コウモリと鳥という各送粉者の行動様式や形態に対してみごとに適応していた.また,種子散布にはツパイ類が関与していた.
次に,超高木の林冠部の幹に根を張って寄生するオオバヤドリギの送粉システムについて,ツリータワーとザイルによる登攀によって調査した.この結果,クモカリドリ類の鳥のみが来訪,吸蜜し,送粉にかかわっていることが判明した.
さらにスマトラ島においては,林床に生育し,長い花筒をもつ植物を中心に30種以上の植物について,その送粉者を調べたが,クモカリドリ類の鳥および長い舌をもつケブカハナバチ類のハチが重要な役割を果たしていることが判明した.これらは,それぞれ中南米熱帯のハチドリ類,およびシタバチ類と同等のニッチを占めていることを広範なデータによって明らかにした.
このうち,林床に同所的に混生するツリフネソウ属5種の送粉システムについては,より詳しいフィールド調査をおこなった.この5種は,種間でまったく異なる分類群の送粉者をやとうか,もしくは種間で花の形態を違えることによって,同じ送粉者が来ても送粉者の体の異なる部位へ花粉を付着させることなどによって,巧みに送粉効率を高めていた.
以上のことから「共生相手を違えることによるニッチの細分化」という現象が熱帯雨林において普遍的にみられること,それには動物側の行動面での種間差が大きな役割を果たしていること,そしてこのような共生関係をつうじた微妙な行動の差によるニッチの細分化が多種の共存を可能にしていること,などが明らかになった.
主要文献
3. ドロバチ類数種の行動生態と個体群動態(1982-86年)
京都大学農学部昆虫学研究室での院生時代はドロバチ類の行動生態学的研究をおこなった.まずドロバチ類に対する淘汰圧として捕食寄生圧が非常に強くかかっていることを個体群レベルのパラメータの実測によって明らかにした.その上で捕食寄生圧に対抗するための方策として,寄生者から逃れて移動分散する行動や,親による子の保護(亜社会性)行動が適応的であること,またどのような対抗行動をとるべきかは,ドロバチ各種にかかる系統的な制約によって最適なものが異なっていることを,生涯繁殖成功度のパラメータを用いた解析から導き出した.
このような行動生態学的な解析をする一方,ドロバチ群集,それを攻撃する寄生者群集,およびドロバチが餌として狩る植食昆虫群集,の三者それぞれに属する種ごとの個体数の時空的変動を,京都市北部(岩倉-静原-大原)の約10km四方に散在する150カ所のハチの小生息場所で5年間にわたって詳細に調査した.その結果,群集レベルでのハチの多種共存は,ハチが種間で,寄生圧を回避するための行動様式をさまざまに違えることにより,いわば攻撃回避ニッチとでもいうべきものをすみ分けることにより,可能となっていることを明らかにした.
主要文献