松本市の洞(ほら)地区では,地元の有志の方々が雑木林を手入れしていたり,放棄水田をビオトープとして管理しているところがあります.2003年秋,そこでボランティアをしている方を通じて,2年生の学生実習でそちらに伺いました.



雑木林 ケヤキの斜面林
雑木林の外側を道路からみています.道路とこの斜面林は川で仕切られています.一般に雑木林というとコナラ林などですが,写真の部分は川に面しているということもあり,ケヤキが優占しています.安定した斜面で林床にササなどが優占していると,陽樹のケヤキは更新が困難になりますが,ここでは立地の不安定なことや,林床の手入れ(ササなどの刈り取り)のおかげか,陽樹も更新できる環境なのでしょう.
雑木林林内
こちらは林内の写真です.林内が手入れされているためでしょう,明るく感じます.ササなども生えていますが,被度は低くなっています.高木層の優占種はコナラです.カブトムシやクワガタが樹液を吸いにくる木ですね.雑木林を代表する樹木です.
 現在,こうした手入れの行き届いた雑木林は少なくなっています.雑木林はかつては薪炭林として使われてきました.文字通り,薪や炭の原料をとる林だったのです.同時に,集めた落ち葉を畑の肥料などに使ってきました.20-30年程度のサイクルで,定期的にコナラやクヌギなどの樹木を伐採し燃料とします.すると残った切り株は,根の部分が生きていますから,そこから「ひこばえ」や「萌芽」と呼ばれる新しい幹を生やし,再生していきます.こうした萌芽が光を浴びて再生していくよう,また,落ち葉などを集めやすい様,林床はササや低木などを刈り,絶えず手入れされていました.しかし,昭和30年代以降(私は生まれていませんでしたが)家庭用の燃料としてガスが普及し,また,化学肥料を使うことが一般的になってきた結果,かつて農村生活と切り離して考えることの出来なかったこうした雑木林は,こうしてその使命を負えることになります.そして,現在は山の斜面の安定性を保ったり,いろいろな生物の成育地となる環境林として見直されてきているのは,皆さんご存じの通りです.
 
切りながら手入れをしていく?切らないで保護していく?
ブナ林やシラビソ林など,自然の森林をむやみに伐採するといった行為は断じて避けなければなりませんが,人間の手で作られたスギ・ヒノキなどの人工林や雑木林などは管理をやめてしまうと荒れてしまいます.ですから,何でもかんでも「伐採はいけない」というのは自然林については当てはまりますが,雑木林を含めた人工の林には当てはまりませんし,「山は手入れをしてやらないと荒れてしまう.だから木を切る」というのは,人工林には当てはまりますが,自然林には当てはまりません.この辺の理屈がきちんと整理されないで,かみ合わない議論がよくされています.何が対象なのか,その対象を維持して行くには(あるいは自然と維持されるように導くには)何が必要なのかを考えるべきでしょう.
フタリシズカ
林床をみていきましょう.これから見ていただくものは,いずれも林床がササに覆われては生育が困難であろうと考えられるものです.まず,フタリシズカです.春先に白い花を咲かせます.一本の茎の先に葉が4枚,輪生しているように見えますが,対生の2枚の葉,対生の2枚の葉が90度回転して付いています.
イカリソウ
こちらはイカリソウです.一枚の葉に見えるのは「小葉」と呼ばれるもので,葉全体の一部です.一カ所から茎のようなものが三つに分かれ(これは葉の柄なので葉柄,さらに,小葉の葉柄なので小葉柄といいます)小葉が3枚付いています.この構造がもう一度繰り返され,一セットの葉に9枚の小葉が付いています.これが一枚の葉となります.こうした葉の構造を2回3出複葉といっています.小葉の特徴は,ノギ状(とがった針のような)の鋸歯が付くことでしょうか.黄色い花を付けます.
ムラサキシキブ
ムラサキシキブです.秋から冬にかけて紫色の美しい実を付けます.この個体はまだ小さいためか,実は見られませんでした.まだ繁殖できるだけのステージではないのかもしれません.雑木林の低木の代表のような樹木です.
サラシナショウマ
雑木林を川の方に下っていきましょう.サラシナショウマです.これも2回から3回3出複葉です.写真のように花が付いていれば見間違えることは無いでしょう.茎の先から長い総状花序をつけ,まるで試験管ブラシのようですね.
ミゾソバ
川のそばです.これはミゾソバ.タデ科の仲間ですから,ソバの花を畑で見たことがある人は花が似てると思うかもしれません.その感覚はあっています.次に葉の形を見てください.ウシの顔を正面から見たように見えることから,別名をウシノヒタイ(牛の額)ともいいます.我々が植物名を記録するときにウシノヒタイとは書きませんが,そうした別名を知っておくことで,名前が覚えやすかったりしますね.
ツリフネソウ
ツリフネソウです.これも川のそば.スミレ型の花ですが,これを船に見立て,「船が吊られている状態」からきた名前ということです.これは実にも特徴があり(花の奥に写っている緑色の筒状のもの),熟した実を,ちょんと指でふれると,中のタネがはじけて跳んでいきます.これで遠くにタネを運ぶようになっているんですね.是非さわってみましょう.こうした仕組みを持つ植物などは,野外における環境教育の良い材料でもあります.

さて,雑木林を離れ,放棄水田を利用したビオトープの方へ移動してみましょう.
ガマ
かつての水田(であろう所)が池になっていましたが,ガマの仲間が生育しています.ガマの仲間にはいわゆるガマ,コガマ,ヒメガマと3種類あります.詳しい人はこの写真の状態でも分かるのかもしれませんが,私にはガマの仲間であることしか,この状態では分かりません.ただ,葉の幅から見ると葉がやや太め(1-2cm)のガマになるのではないかと見ています.ヒメガマ,コガマの葉はそれぞれ0.5-1.2cm,1cm以下とやや細いとされています.
ウシクグ
池の側にはカヤツリグサ科の仲間が何種類か生育していました.これはウシクグ.クグとはカヤツリグサの仲間の古い名前だそうです.ですから,ウシクグという名前は,カヤツリグサの仲間のうち大きな種類のもの,といったニュアンスでしょうか.カヤツリグサの仲間は茎の断面が三角形であるという特徴を持ちますので,種類は分からなくても,茎を見れば(さわれば)この仲間だとすぐに分かります.後は図鑑でカヤツリグサ科を見ていけばいいですよね.カヤツリグサ科のカヤツリグサという種がこのウシクグに形が似ていますが,カヤツリグサの小穂は黄色っぽいのに対し,ウシクグは黒っぽいのでわかりやすいでしょう.
ヒメクグ
こちらはヒメクグ.先ほどのたとえで行けば,カヤツリグサの仲間の小さな種,ということになりましょうか.球形の花穂が一つだけつくのが特徴ですから,見間違えないでしょう.

同じくカヤツリグサ科のタマガヤツリです.ヒメクグとは異なり,いくつかの花穂がつきます.また,ウシクグはそれぞれの花穂が離れてついていますが,タマガヤツリはかたまってついているように見えますね.これらカヤツリグサの仲間は一般に水田の雑草とされるもので,あぜ道や水田の中に生えたりするとされています.この場の環境をよく指標していると思います.
アキノウナギツカミ
ここも水際で,アキノウナギツカミが生えています.タデ科ですから,花の形は先のミゾソバと似ていますね.変わった名前ですが,四角い茎の断面のかどから下向きに小さなとげが生えており,ざらざらと手や他の植物に引っかかります.この特徴から「これならウナギもつかめる」と昔の人が思ったのでしょうか.名前が植物の特徴を良く表していて,おもしろく,また覚えやすいですね.
アキノウナギツカミ,葉の付き方
こちらは葉の付き方に注目してください.やじり型の葉が茎を抱くようについていますね.こうした葉の付き方も植物を見分けるときの大きな特徴となります.
ヤマハッカ
水辺から少し離れたところに移動すると,ヤマハッカがさいていました.シソ科の植物で,さわやかな香りがします.シソ科の特徴は,茎が四角いこと,葉が対生すること,特徴的な筒状の花を付けることなどでしょうか.そして,香りですね.で,シソ科だと分かれば図鑑で絵合わせをしていくことになります.花の咲いている時期だと良いのですが,調査などですと,いつもそうはいかないのはつらいところです.



 いかがでしたでしょうか.私は森林,それも樹木が専門なので,こうした草本,特に雑草と呼ばれるような植物は苦手で,現在勉強中です.間違いがありましたらお教えください.
 さて,松本のような地方都市では,ちょっと市街地を離れれば,こうした植物たちにふれることが出来ます.しかし,雑木林にしても,このビオトープにしても,ある程度管理されているのでこうした状態が維持されているといえます.放っておけば遷移が進み,植生はまったく別の姿になるでしょう.良い・悪いは別にして,このような姿が維持されているところがあるということは重要なことでしょう.実際の水田では,草刈りや除草剤などのために見ることが困難な植物などもここでは見られるかもしれません.また,多様な植生,植物種があれば,それを利用する多様な昆虫相や動物相が維持されることも期待されます.具体的なことはこれから明らかにしていければ良いなと考えています.

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