とある日曜日.パソコンに向かっても研究は進みません.散歩やドライブでもして信州の自然を発見してみることにしました.さて,どんな出会いがあるでしょうか.



近所の神社
近所の薄川(すすきがわ)の土手を歩いていくと,神社を発見.神社やお寺の林は「社寺林」とよばれ,あまり手をつけられずに守られてきた,という考えから,失われてしまった地域の植生をよく残していることが多いとされています.実際にはなかなかそうもいかないのですが,植生学者としては,一応見ておかなければなりません.
立派なケヤキ
なかなか立派なケヤキですね.ケヤキは成長が早いため,非常に太い木でも意外に若かったりします.東京西部でも,戦後に植えたとされるケヤキが,かなり大きくなっています.かつては餅つきの臼に使われたのがこのケヤキです.現在でもお盆などの工芸品を見ますね.
地面になぞの実
お,なんだか実が落ちています.黄色い液果ですね.明らかにケヤキのものとは違います.これはいったい?
実を手のひらにとって見る
別のものもあります.早速,手にとって見ましょう.うーむ,見覚えのあるようなないような...
実と葉
もう少し地面を見ていくと....お,この寒空に枯れかけとはいえ緑の葉が...ああ,しかもこの形,さてはヤドリギか!
葉と実をあつめた
地面を探して,集めてみましょう.結構ありますね.しかも,まだ緑の濃い葉も混じっています.集めたものを写真撮影.こんな高密度では,自然にはありませんが.
 ヤドリギは漢字で書くと「宿り木」または「宿生木」です.文字通り,何かほかの樹木に宿っているように着いている,常緑の半寄生植物です.半寄生,ということでこの場合はケヤキからその養分や水分を吸い取りつつ,自分でも光合成を行う,というタイプです.ケヤキは冬は落葉してしまいますから,真冬は厳しいとしても,晩秋や早春,ケヤキが葉を開いていないときに光を浴びて光合成するには常緑でなければならないのかもしれませんね.
ヤドリギ
これは別の日に別の場所で撮影したヤドリギです.場所は変わっても,やはり神社のケヤキでした.
 ところで,タネは地面に落ちているのを見ますが,どうやってあんなに高いところに定着できるのでしょうか
ヤドリギの実
それにはちょっとした秘密があります.再び実を手にとって見ましょう.このヤドリギの液果,果肉...という言い方は果物用に人間が呼んでいる部分ですが,植物学的には中果皮ということになりましょうか,これが粘り気を含んでいて,鳥が食べたあと,糞として出てくるときに,この粘液が種子を相変わらず取り囲んでいて,鳥が木の枝の上で糞をすると枝の上にくっつく,という仕組みのようです.
 では,つぶして確認してみましょう.
むいたところ
まずはつるりとむいて見ました.おいしそうですね.
こんなになる1
で,つぶしてみると,やっぱり粘ります.なかなかのものです.
こんなになる2
さらにこんなです.いや,なかなか.実際にケヤキの樹皮にくっつけてみると,見事,くっつきました.たいしたものですね.ただ,ケヤキにとっては多分迷惑な話で,ヤドリギがあまり多くつくと,ケヤキの樹勢は衰えていくのではないでしょうか.
 あ,爪が伸びていて見苦しいですか?すみません.

皆さんも今の時期,ケヤキの下を見たり,あるいは枝先を見るとヤドリギを見つけることができるかもしれません.特に,枝にあるものは,ケヤキが落葉している今が観察のチャンスかもしれません.
 それと,生態系のサイクルを考えるうえでは,どんな種類の鳥がヤドリギの実を食べるか,知りたいところですね.鳥の種類がわかり,その生態を考慮すれば,ヤドリギのタネがどんなところへ運ばれるか推定できるかもしれません.興味は尽きませんが,そろそろ炊飯器でご飯が炊ける時間のはずです.とりあえず帰って,昼食にしましょう.

 (2月9日追記.山地水環境研究教育センターの松崎慎一郎氏から「キレンジャクがヤドリギのタネを食べる.諏訪にもよく来る」という情報をいただきました.吉野敏之(1999)「野鳥」で確認すると,キレンジャクがヤドリギやナナカマドの実を食することが記されていました.情報ありがとうございます)

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さて,午後はくるまでドライブがてら,八ヶ岳山ろくにいってみましょう.ありとあらゆる場所が観察の場です.小淵沢から野辺山のほうへと移動します.
八ヶ岳

標高1400mちょっと.山地帯上部.車を止めて,林の状態を見てみましょう.二次林のようですね.
 ここで,この植生が環境のどんな特徴をあらわしているか考えて見ましょうか.

ホ:「ワトソン君,ずいぶん雪が多くなってきたようだが,どんな環境なんだろうね?」
ワ:「そりゃ,もう,見てのとおり,雪深い山の中だよ,ホームズ」
ササの茎は分かれない
なるほど,確かに雪深く見えますね.見るべきポイントは二つあって,ひとつは樹木の種類とその生育状態,そしてもうひとつはササの種類です.

 まず,ササの種類を類推しましょう.まず,雪から出ている部分しか見えませんが,茎は途中から分岐したりしていませんね?茎の途中(茎の上部)から枝分かれする種類のササも多くあるので,茎の上部で分岐していないというのは重要.これが一つ目のポイント.ちなみにササの茎は,イネなどと同様,「稈(カン)」とよびます.ここでは簡単に茎と呼ぶことにします.
ささの茎の節
さて,茎をよく見ると,細いのに似合わず,節の部分が丸く膨らんでいます.膨らまないものも多くあるので,ここが二つ目のポイント.

さて,一本の茎の先から出ている葉の枚数も一応見ておきましょう.秩父の回で,スズタケというササは,茎の先端から2枚の葉を出すのが特徴だと書きました.これは明らかに多いですね.スズタケではない,ということを三つ目のポイントとしましょうか.
 それと,俗にいう「熊笹」のように冬期,葉のふちが枯れ,白く隈(くま)どられていますね.ちなみに「熊笹」という漢字を使うのは本来おかしくて,葉のふちが隈(くま)どられるササ,という意味なので「隈笹」とするのが正しいはずです.隈どる,というのは,「目に隈ができる」のあれです.対象の周りが,色が変わることなどを指しますね.
 さらに,もう一言いうと,多くの場合,一般の人たちがクマザサといっているのは,本当の,種(しゅ)としてのクマザサではなく,こうした葉の縁が枯れるようなササの種類のことを総称して言っているのだということも理解しましょう.本当の種(しゅ)としてのクマザサの分布は,非常に限られています.
 また回り道してしまいましたが,この,冬期に葉が隈どられるのを4つ目のポイントとしておきましょう.
裏の毛
マニアックと思われるかもしれませんが,葉の毛の状態というのは,種の同定に関してはとても重要です.この葉の場合,葉の表(おもて)面にはほとんど毛がありませんでしたが,裏面(うらめん)には,かなり密度が高く白い毛が生えていました.実際は触ればわかるのですが,写真にとっておくときには,このように丸めるとわかりやすくなります.この裏面の毛を5つ目のポイントとしましょうか.








さて,これらのポイントから,ササの種類を考えましょう.
1. 茎の先のほうでは分岐しない.
2. 茎の節の部分は丸く膨らむ.
3. 茎の先端から出る葉の枚数は2枚より明らかに多く,スズタケではない.
4. 冬,葉のふちが枯れて隈どられている.
5. 葉の裏に密に毛がある.
 ...といったことから考えていくと,このササは「ミヤコザサ」と考えるのが妥当です.これは,雪の少ない太平洋側の山地帯落葉広葉樹林(ブナ林など)を,スズタケとともに代表するササです.ということは,雪があるように見えても,それほどではないことが考えられますね.
森林の様子
もう一度森林の様子を見て見ましょう.落葉しているため樹木の種類はわかりませんが,もし,雪が多い地方であれば,樹木は写真のようにはまっすぐ伸びることができず,積雪の重さで斜面下方に大きく曲がって生育するさまが観察されるはずです.今回はそうしたものは観察できませんでした.
 ですから,この幹の状態と,ミヤコザサが分布するという事実から,この環境は「今,雪が積もっているものの,それほど深くならない場所である」ということが推察されます.ちなみに,ミヤコザサは冬期の最深積雪深が50cmを超えると分布できなくなるといわれています.すごいですね.
 と,こうした具合で,植物を見ていくと,そこがどんな環境かを推測していくことができます.目隠しして車に乗せられ,雪山で,ぱっと景色を見せられただけでも,「ここは日本海側の多雪地域ではない」事はわかります.夏,雪がない状態でも分かります.ちょっとすごくないですか,皆さん.


 植物を気をつけてみていると,上記のように,いろいろなことがわかりますが,ちょっとつらいこともあります.
先日,映画「ラストサムライ」を見ていたのですが,主人公たちの暮らしている村(実際にはニュージーランドかどこかでの撮影だったとか)の草原には,明治初年当時の日本ではまずありえないであろうネズミムギ(ヨーロッパ原産の牧草.現在は世界中で帰化植物として繁茂)らしい牧草の大群落をパンフレットに見つけてしまったり,「あれ,オオアワガエリ(別名チモシー.ヨーロッパ原産で,現在は世界中に帰化)じゃないのかなあ」といったことに目がいってしまい,映画鑑賞中,ちょっと現実に戻ったりしてしまいました.
 私が時代考証を引き受けたら,少なくとも穂の部分は全部刈ることになりましょうか.うーむ.

と,まあ,今回はこんなところで.

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