甲斐駒ヶ岳のふもと,山梨県白州町に尾白川(おじらがわ)渓谷というところがあります.ここは地質が花崗岩であることが特徴で,その風化の仕方や出来た土壌が,他の地質の所と違います.植物なんかにも違いがあるのではないかとほのかに期待しつつ,花崗岩そのもの,風化や土壌形成,渓畔の植物なんかを見ながら,気軽に散策してみましょう.今日もデジカメのメディアがいっぱいになるかもしれません.



駒ヶ岳神社
駐車場に車を止め,歩いていくと神社が.なかなか立派.鬱蒼としたスギ林と,小さな滝(これ自体も神様のようです)など,良いところですね.川の音や鳥の鳴き声がしますので,少し休みましょうか(おーい,まだ全然歩いていないぞー)
吊り橋
神社を抜けて,長い吊り橋を渡ると,いよいよ尾白川渓谷の散策路です.途中にいくつか滝があり,往復2時間程度でしょうか.いや,私は奥までは行かなかったのですが...
尾白川
河原の石が,真っ白なのが分かりますか?真っ白とかいうと専門家にしかられてしまいますが,これが花崗岩です.この日は曇っていましたが,晴れていれば,青い空,緑の木々,それとはまた別の緑色をたたえる水,そして白い河原,と何ともフォトジェニックです.
花崗岩
で,こちらが花崗岩.白い,といっても,石灰岩のように単調に白いのではなく,石英(珪素)で出来た白い部分に黒い雲母などが混じり,まだら模様を示します.墓石に使う,御影石(みかげいし)が,この花崗岩です(説明,あってますよね?)
風化した砂
これが風化すると,何というか,独特の砂が出来ます.粒が大きく,さらさら.ちなみに,地名の白州(はくしゅう)も川に出来る州がこのような白い砂で出来ているところから来ているようですね.
 花崗岩をなす,石英,長石,雲母などの温度による膨張率の違いで,花崗岩は風化作用を受けやすく,また,一度風化が始まると,空気中の二酸化炭素を含んだ雨水がしみこみ,長石や雲母が変成し石英だけが残りやすいことなどで(兵庫県砂防課),花崗岩は風化が進みやすい母岩と言えるようです.このような風化の仕方をマサ化,これでできた土をマサ土と呼ぶようです.マサ,とは,漢字で書くと「真砂」で,なるほど,という感じですね.

この花崗岩,実際に見ると,ぐずぐずと風化して崩れていくようなイメージなんですね.この写真は登山道(散策路)から,小さな沢になっているところをした向きに見たところです.秩父・中津川などの秩父中生層の堆積岩などは砂岩だか泥岩だかでできていて,切れ口が鋭く尖り,見た目もシャープなのですが,ここでは,ぐずぐずとした感じですね.
花崗岩が風化した斜面
斜面も同様です.
 土壌断面を見ると,一般には母岩があり,その上にそれが風化し,しかし有機物の入っていない層(土壌のB層,明るい茶色などの色を示す)があり,その上に有機物の入った層があり(A層.黒っぽい),その上にリター層(まだ完全に分解されていない枯れ枝や落ち葉のある層)がある,という構造をしています.

そのため,一般には風化が土壌表面から下に向かって進んでいくように見えるのですが,花崗岩の場合は深層風化といわれる,内側からも崩れていく風化をするといわれています.ですから,何というか,斜面がぐずぐずと崩れている印象なんですね.「ぐずぐず」ばかり,語彙が少なくて済みません.

斜面が中の方から崩れているようなイメージです.こうしたところを,調査などで上がっていこうとすると,足がずぶずぶと埋もれてしまい,難儀します.写真で,この,奇妙な感じ,伝わるでしょうか.歩くと,頼りないんですよ.

こうしたことから,花崗岩でできた山の斜面は,なだらかであるような印象を私は持っています.例えば奥多摩の三頭山というところは,一部が花崗閃緑岩でできた部分があり,そうしたところは地形図で見ると等高線はそれなりに込んでいるのですが,実際行ってみると,その部分だけ異質な,なだらかな地形が見られます.(この三頭山の説明は,学芸大の小泉先生の受け売りですが)
 ところが,甲斐駒ヶ岳をはじめ,この辺はなんでこんなに急峻なのか,もっとなだらかでないのか,という疑問を,村越先生にぶつけたところ,「山の隆起速度の方が早いから」という回答を頂きました.なるほど.場所は違いますが,北アルプスなどでは年間数ミリメートルも隆起しているとのことで,いや,これはすごいですね.ま,とにかく,ぐずぐずと風化しやすい山なのに急峻なのは,それなりの理由があるものだと,非常に納得しました.
ミゾホオズキ
では,せっかくですので植物の方も見ていきましょうか.ですが,地質が違うからと行って,植物に特別なことはなく(蛇紋岩地帯などでは特有な植生が見られるといいます),一般的な渓畔のものでした.
 まずこちらはミゾホオズキ.湿ったところに出ます.あたりまえか.
ヒメレンゲ
こちらはヒメレンゲ.ベンケイソウ科の多肉植物です.ヒメレンゲ自体は分かりませんが,ベンケイソウ科の植物といえばCAM植物のことが思い浮かびます.ヒメレンゲがそうかどうか分かりませんので,ここでは,CAMにはふれません.興味のある人は調べてください.
イワタバコ
こちらは,イワタバコです.写真で見るように,湿った岩場の岩に張り付くように生育します.名前の由来は,葉がたばこの葉に似るから,ということですが,皆さん,たばこ畑って,見たことありますか?そっちを知らないと,なかなか納得しづらいですよね.
ウワバミソウ
こちらはウワバミソウ.やはり湿ったところのものです.ウワバミ,とはヘビのことです.ヘビが出るような湿ったところの草,という意味でしょうか.
 ちなみに大酒のみのことをウワバミっていいますね.語源は一緒です.ヤマタノオロチ伝説から来ているんですよね?ヤマタノオロチは八つの頭と八つの尻尾をもち,土地を荒らす悪いヘビ,それをスサノオノミコトが酒を飲ませて酔っぱらわせ,その隙にこのヘビを退治してしまうという(卑怯な)話から,大酒のみをそのヘビ(ウワバミ)に例えるようになったのでしょう.
 2004年8月20日訂正.先日まで,スサノオノミコトの所をクサナギノミコトと書いていました.間違えです.大変お恥ずかしく,また,皆様にご迷惑をおかけしました.3日間の夏期休暇中,NHKの「えいごりあん」を何気なく見ていたら,この話を(英語で)朗読していて,自分の間違いに気付きました.面目ないです.
 ところでクサナギノミコトって,何した人でしたっけ?今度調べます.
 2004年8月25日追記.調べました.口語訳の古事記にあたりました.クサナギノミコトなんていません.どっかのファンタジー・ノベルか何かに出てきそうですね.スサノオ(スサノオノミコト,素戔嗚尊)がヤマタノオロチを退治し,切り刻んでいるとき,尻尾の部分から何やら怪しいものが...
 で,これを高天原(ま,天上界,という感じでしょう)に送って見てもらったところ,これが草薙(クサナギ)の剣だったと言うことです.後に,日本武尊(ヤマトタケルノミコト)がこれをもち,いろいろ活躍する,と.この剣は,八咫鏡(ヤタノカガミ)と八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)とともに三種の神器となるということでした.ちなみに,草薙の剣は天叢雲(あまのむらくも)の剣とも呼ばれるようです.ケンではなくツルギです.
 私も,勉強になったとともに,少しすっきりしました.無知さらけ出しまくりですが...
ウスゲタマブキ
ウスゲタマブキです.見慣れない頃は,これなんだろう,ヨブスマにしては変だし,としばらく悩みました.
ジュウモンジシダ
ジュウモンジシダです.私が自信を持って同定できる数少ないシダです.株から葉が何枚か出ていますが,羽状複葉になっている一枚の葉が,十文字型をしているのが分かりますか?
イヌブナ 葉の表面
こちらはイヌブナ.太平洋側の山地帯にしか出ません.太平洋側,という言い方をしましたが,気候的に雪の少ない太平洋型気候下,という意味です.特に日本海側で優占するブナと同じ属ですが,このイヌブナは萌芽再生を行い,タネに頼らない更新(厳密には個体の維持)が可能です.このイヌブナ,見分けるポイントは,側脈が多いことと...
イヌブナ 葉の裏面
裏に長い絹毛を密生することです.自分でいうのも何ですが,良い写真ですね,これ.
ジンジソウ
さて,こちらは一見ユキノシタの仲間,ダイモンジソウに似ていますが,ジンジソウといいます.花も微妙に違いますが,なんと行っても,葉や葉柄に白い毛が密生しているので分かります.
ジンジソウ
裏をめくってみると,よりハッキリしますね.葉の裏から葉柄にかけ,真っ白の毛です.
クリンユキフデ
こちらはクリンユキフデ.ハルトラノオに少し似ていますが,並べて見れば間違いません.今回はハルトラノオがないので,説明は省略.
水面
と,まあ,なかなか良い渓谷なのですが...
看板
途中,一カ所気になるところがありました.治山工事の現場です.
砂防工事の斜面
崩れる斜面を止める治山工事がしてありまして,そのこと自体は大切なことなのですが...
シロツメクサ
外来種が侵入してきてしまっています.こちらはおなじみ,シロツメクサ
ニセアカシア
そしてこちらはニセアカシア(別名ハリエンジュ).ニセアカシアなどマメ科の植物は窒素固定をする根粒菌と共生しており,他の植物よりも栄養条件で有利です.しかもニセアカシアは地下の根系からどんどん萌芽を出して繁殖してしまい,これが一度侵入してしまうと,他の,元々あった在来の野生植物は生育が困難になってしまいます.まるで竹林のようなイメージです.
 かつては砂防のため,斜面を安定化させるために積極的に植えたりしたニセアカシアですが,現在では退治のしようがなく,非常にやっかいなものになり,自然保護の観点からも,いろいろな懸念が生じています.
 工事に際して,偶然,誤って入ってしまった,こうしたインベーダー植物,入ってしまったことは仕方ないとして,今これらを駆除するなど対策をとらないと後々大変なことになりはしないかと心配です.今のうちなら,簡単に対策をとれると思うのですが...
野生のアヤメ
ま,そんな心配すべきところもあるのですが,なかなかよいところでした.
 行きは車で通り過ぎてしまいましたが,道の途中,ちょっとした湿地に野生のアヤメが見られました.帰りは車を止めて,せめて写真を撮っていきましょう.植えたものばかり見ていますから,非常に新鮮です.
 アヤメはカキツバタやハナショウブと似ていて,見分けが難しい,という方も多いでしょうが,花のある時期は簡単です.青紫の花びらの中心に黄色い色が綾目(あやめ)模様になっているのが分かりますね.これがアヤメです.カキツバタやハナショウブはこうした綾目模様を持ちません.語源が分かれば一発ですね.ちなみにアヤメを「菖蒲」という漢字で書くことがありますが,これはショウブのことです.中国から漢字が伝わるときに,間違ってしまったのでしょう.こうした間違いは他にもありますが,またいずれ.
 さて,こうしたところで一緒に生育している植物などを,きちんと記録していくことが,その植物本来の生育環境の把握に必要なことでしょう.皆さん励んでください.私は疲れました.

某ウイスキーメーカー工場


で,はじめの花崗岩の話はとぎれてしまったかというと,植生自体とはあまり関係なかったのですが,最後にこの話で閉めましょう.ここは同じ白州町にある,某国産ウイスキーメーカーの醸造所です.写真の建物は工場見学の際の博物館ですが.ここ白州は水のよいところとして有名で,道のえきなどでは,ポリタンに水を汲む人が多く見られます.で,皆さん知っている「南アルプス**水」もこの工場で汲んでいる水です(のはず).それから,かつて高遠にあった日本酒の造り酒屋が,やはり水の良さでこの町に移ったとか.六甲などと同様,花崗岩のところでよい地下水(ミネラル分などが程良い水)が得られる傾向があるとか(村越先生談).こうしたことが,地域産業の礎になっているとも言えましょう.まさに大地の恵みですね.
 ちなみに私は車の運転があるので,飲んだりはしませんでした.しかし,ここだけで売っている,ここで醸造したというウィスキーは土産で買ってきました.いや,私も飲むのが好きというわけではありませんが,こうした事情ですから,勉強のために,いろいろ知っておかなきゃならないじゃないですか,ねぇ.


 という感じで,2回にわたって山梨県西部を見てきました.まずは,とにかく自分で見ることが大切と言えましょうか.そして,ただ眺めるのではなく,どうしてそういう現象が起こっているのかを考えながら歩いていくと,これはまた知的な冒険になるわけです.そのとき考えたことが,例え違っていたとしても,そうした作業には意味があることだと思います.考えたこと,不思議に思ったことを調べていくと,これによって教科書や授業では得られない知識が身に付きます.また,知識が身に付くと,それによって,今まで見えなかったことが見えるようになってきたりして,そうした作業をより楽しめるようになります.お金になるわけではなく,評価される業績になるわけではありませんが,将来の自分に投資,ということですね.

と,まあ,そんなところです.

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