用があって,宮崎大学へ行きました.そちらの要件の方がもちろんはるかに大切ですが,昼休み,空いている時間を見つけて,鬼の洗濯板で有名な青島を訪ねました.観光ではありません.ここには特別天然記念物「青島亜熱帯性植物群落」があるのです.ここは,島であるため,一般的な陸上のもの,そして海浜に分布するもの,の二つの視点から植物の分布を見ることができます.信州大学近辺では決してみられない亜熱帯性の植物群をしっかり見ていきましょう.





宮崎大学
宮崎大学です.信州大学のキャンパスには,ケヤキ,ハルニレなど松本地域の気候環境を反映した樹木が植えられていますが(常緑のシラカシやモチノキなんかも植えられていて,ちょっと違うかな,という部分もありますが.樹勢が弱くかわいそう),こちらはビロウ(中央の背の低い方のもの)等が植わっています.南国ムード満点ですね.
青島 天然記念物
で,青島です.車があって,道に迷わなければ,10分から15分くらいで来てしまいます.
 看板に,特別天然記念物「青島亜熱帯性植物群落」と書いてあります.そして,鬼の洗濯板の方も天然記念物で名称は「青島の隆起海床と奇形波蝕痕」とあります(ちなみに「蝕」は看板では古い字を使っています).
 かつてはこうした看板の記述は,メモをとっていたのですが,今はデジタル・カメラで何でもメモしてしまいます.便利な世の中です.本当は,書き写した方が頭に入り,記憶にも残るのですが...
鬼の洗濯板
青島は,島なんですが,例えば江ノ島なんかと同じように,陸とくっついていて,陸から歩いて渡ることが出来ます.このような,陸と島が砂浜でつながっている状態をトンボロ陸繋砂洲))と言っていいんですよね?伊豆の堂ヶ島なんかは満潮の時は海だが,干潮時には陸続きになるというタイプで,じっと見ていると,きっとモーゼみたいな気分になれるかもしれません.
 で,これが,鬼の洗濯板とよばれるものですね.地層が斜めになったところに,海の侵食を受けたためにこんなギザギザが見られるということです.看板の説明では第三紀に堆積した地層だそうです.いや,私は専門ではないので,皆さん調べて下さい.
青島神社
島の中央には神社があります.青島神社.神社の境内の木が,ヤシの仲間なんですから,私のようなアズマビトなんかには,ちょっと異様な光景です.しかし,九州をヤマト文化の発祥という風に考えれば,元々,日本の神社はこんな感じだったのかもしれませんね.
ビロウの林
さて,島を覆うビロウ林ですが,まず,その外観を見ておきましょう.手前は海岸に近いので,ダンチクが生育しています.その奥は一面ビロウで,カシの仲間はもちろん,タブの樹冠さえ見えません.すごいですね.
ビロウ林の内部
で,こちらが内部です.いやあ,神社の境内なんですよ,ここ.ジャングル,といった風情ですね.正月に羽根突きをする,という感じではありません.写真の所は(写真撮影用に)少々林冠が開いた明るい所なんですが,林冠が鬱閉しているところは,本当に暗いんです.一眼レフ暦25年のわたしも,林内の暗さに,手ぶれ写真を連発してしまいました.(今はすっかりコンパクト・デジカメだけですが)
クワズイモ
林床がまたすごいんですよ.これはクワズイモ.サトイモ科ですが,有毒植物です.インド,インドネシア,中国,琉球列島を経て,九州と四国の南部に分布するということです.高さは1m以上にもなります.何ともジャングルチックですね.なんだかんだいって,日本は広いと実感します.
アコウ
こちらはアコウ.屋久島で見た以来の対面です.10年ぶり? 幹から気根を出します.気根は,植物の種類によって様々な役割があるとされていて,幹を支えたり,土の中で水分や養分を吸収したり,はたまた,地面から地上に頭(?)を出して,呼吸を助けたりするものがあるようです.この個体だけを見ていても,機能はよくわかりません.オヒルギメヒルギなどのいわゆるマングローブは,支持根の役割を果たしているように見えますね.ちなみに,アコウはクワ科イチジク属ですので,小枝を傷つけると白い乳液が出るそうです.この辺がイチジクと同じ,ということですね.試したかって?神社の木を折るなんて,出来るわけないでしょう(笑).
アコウの葉
こちらはアコウの葉です.大きいですね.私の持っているものはまだ小さい方です.信州基準で考えると,五平餅ぐらいのイメージでしょうか?えっ,五平餅(ごへいもち)って何だって?それはアコウの葉ぐらいの...トートロジーですね.
イスノキ
こちらは比較的見慣れたもので,ほっとします.イスノキです.関東には分布せず,静岡以西の分布ですので,シラカシ,アカガシ,スダジイなどは知っていても,これは知らない方も多いかもしれません.本州で見るのは,よく葉に虫こぶが出来ていて,それが目印になったりするんですが,ないと難しいですね.
アオノクマタケラン
アオノクマタケランです.東京でも伊豆諸島などで見られるはず.私は八丈島で見ました.ショウガみたいな外見ですが,そう思えた人は鋭いです.アオノクマタケランはショウガ科ハナミョウガ属Alpinia)で,科まで一緒です.ショウガ,ミョウガショウガ科ショウガ属(Zingiber)です.
モクタチバナ
モクタチバナヤブコウジ科ヤブコウジ属Ardisia)です.といっても,ヤブコウジ自体を知らないと「ふーん,それで?」といった感じでしょう.ヤブコウジ科にはヤブコウジをはじめ,マンリョウ,イズセンリョウなどいずれも常緑の低木の仲間がいます.ヤブコウジの仲間を知っていれば,「なるほど,暖温帯,亜熱帯の林床なんだなあ」といった感慨を持つようになるかもしれません.詳しくは皆さん,自分で調べてみましょう.
イヌビワ
イヌビワです.これも,先ほどのアコウと同じ,クワ科イチジク属です.先ほどのアコウは20mにもなる高木種ですが,このイヌビワは4-5mがせいぜいの低木種と言えます.イヌビワは,伊豆あたりでも見たんではないかと思いますが,記憶が定かでありません.関東中心の記述ですみませんね.
ハマビワ
これははじめてみました.ハマビワです.ビワ,という名が付いていますが,我々が食べる,普通のビワバラ科ビワ属)とは系統的にはるかに離れていて,これはクスノキ科に属します.クスノキ科ハマビワ属.ただ,外見は,なるほど,ビワに少し似ていますかね.
ハマビワの葉の裏側
どの辺がビワに似ているかというと,この,葉の裏の褐色の毛でしょうか.ビワも葉の裏には褐色の毛を密生します.ですから,ハマビワの写真は,この,葉の裏側を撮っておかないといけませんね.
フカノキ
フカノキです.ウコギ科なんですね,これ.ウコギ科フカノキ属.で,ラテン名が Schefflera octophylla. 観葉植物のカポックってありますね?あれは,シェフレラって呼ぶのが正しい,という話を聞いたことがありましたが,フカノキ属の属名だったんですね.なるほど.確かに,俗に言うカポックと似ていますね,掌状複葉の点が.
フカノキ
これは小葉のアップですが,フカノキは写真のように所々に鋸歯が出来るのが特徴だそうです.だそうです,というのは,国際生態学センターの鈴木伸一博士の説明によるものだからです.いや,勉強になります,はい.
さて,今度は神社の敷地を出て,島の周りを回ってみましょう.林内とは違う,いわゆる海浜植物が見られるはずです.

ダンチク
ダンチクです.いや,現地でセイコノヨシとうかがったんですが,よく見るとダンチク.セイコノヨシ(セイタカヨシとも言う)は葉が硬く,折れ曲がらずに真っすぐ斜め上に伸びますが,ダンチクの葉は柔らかく垂れ下がります.2011年9月29日訂正.
オオハマグルマ
こちら,オオハマグルマ,だそうです.キク科です.私が愛用する「野に咲く花(山と渓谷社)」には出ていないので平凡社の「日本の野生植物・草本編」でチェックしたのですが,そうしたら,そこで使われている写真が,ここ,青島で撮られたものでした(富成忠夫撮影).偶然ですが,ちょっとうれしい.
ハマゴウ
ハマゴウです.海岸の砂地に生える,クマツヅラ科の低木です.
ハマゴウの葉の裏
このハマゴウ,葉の裏をめくると白っぽい毛が密生しています.そんなことから私はこれをマルバグミだと思ってしまいました.ありがたいことに目黒博士(後述)にご指摘を頂いて,ハマゴウと分かった次第です.茎の断面は四角く,しかも葉は対生ですから,きちんと見たら,間違えることはありません.なんとも恥ずかしい次第です.とほほ.
ツルソバ
ツルソバです.名前の通り,タデ科タデ属Polygonum)に属しており,松本周辺でよく見るミゾソバアキノウナギツカミイヌタデと同じ仲間です.海岸に分布するものです.タデ属おなじみの筒状の托葉は,ツルソバでは薄く,斜めに切れているそうです.柵があって,近寄って写真が撮れませんでした.もっとアップで撮りたかったのですが,残念.ちなみに我々が食べるお蕎麦の原料のソバという植物は,タデ科ですが,属が違いますFagopyrum).中央アジア原産で,元々は日本にはなかったものが,古い時代に食料として入ってきたようです.
ハマナデシコ
ハマナデシコです.花がないので,ナデシコ,という感じがしませんが,図鑑で花の写真を見ると,なるほど,ナデシコです.葉はヘラ型で先に行くほど幅が広く,厚く光沢があります.それとシャクナゲのように葉が裏に少し巻いていますね.潮風の影響を受けにくくしているのでしょうか.
マサキ
おなじみのマサキです.よく生け垣に使われたりして,目にする機会が多いですが,ここでは,野生だ,というところがポイントです.
トベラ
こちらはトベラ.これも公園でよく見ますね(松本周辺は,もちろん寒すぎて植わってませんが).やはり野生のトベラだ,というところがこの写真のポイントです.
ヒゲスゲ
ヒゲスゲ,です.スゲの仲間だというのはすぐ分かるのですが,どう見分けるかというと...
ヒゲスゲ
ご覧のように,葉の先が髭のように長く伸びるわけです.自分の髭がこんなに長いかどうかは別にして,わかりやすいですね.
ハマナタマメ
ハマナタマメです.マメ科で三出複葉です.葉は光沢がありツルツルしています.わかりやすいと思います.この写真だと大きさの感覚がわかりにくいかと思いますが,結構大きいんです.小葉(三枚ひと組で一枚の葉ですが,その内の一枚)は,5-10cmほどの大きさになります.クズにはかないませんが,大いですね.
ハマウド
あっ,これ知ってる,アシタバですよね...残念.ハマウドだそうです.図鑑でも隣り合ってのっていますから,非常に近い仲間だといって良いと思いますが.写真のものは小さいですが,1m位の大きさにはなるようです(ただし,花茎が伸びての大きさ).アシタバとハマウドは,次のように区別できるようです.アシタバは,茎,葉を切ると黄色い液が出てきますが,ハマウドは出ない(出ても色が薄い).また,アシタバは葉柄の基部が茎をまくように大きく発達しますが,ハマウドはしないようです.
ビロウのタネ
ビロウのタネが落ちていました.押してみたのですが,なかなか硬いんですね.「一応ヤシのみだから(笑)」なるほど,硬いはずです.
ビロウの皮
一方,こちらはビロウの皮の部分です.皮というか,繊維ですね.鈴木博士が,試しにと,縦・横にこれを引っ張るんですが,全然裂けません.すごいですね.
ハマオモト
こちらはハマオモト.別名,ハマユウと呼ばれます.このハマオモトは,年平均気温が15℃以上の地域に分布することが知られていて,関東近辺だと,伊豆半島,三浦半島,そして房総半島にかかります.このラインは「ハマオモト線」という名前でよく知られていて,小清水卓二博士が1937に発表されたものです.原著は,「Koshimizu,T. 1937. On the "Crinum Line" in the flora of Japan. Botanical Magazine, Tokyo. 52:135-167」の様です.日本植物学会が出していた雑誌ですね(今は,改名してPlant Researchという雑誌名です).調べたら,信州大学にはありませんでした.OPACでしらべても,この時代の植物学会誌を持っているところはなかなか無いようですね.
 ま,いずれにしても,このハマオモト,年平均気温,という環境を良く指標する植物ですね.海岸沿いにしかありませんが.
ハマオモト 花,実が終わったあと
こちらは花(実)が落ちたあとの花茎です.残念なことに,10月下旬は,さすがにシーズン・オフです.本当は上向きに立っているのですが,もう,時期が終わって,倒れています.ですが...
ハマオモトの実
ですが,周りを探すと,実が落ちていました.いくつか集めて,記念撮影.自然に落ちていたにしては,わざとらしいですもんね.
ハマオモトの実 クルミぐらいの大きさ
手に取ってみましょう.大きさは,クルミぐらいの大きさです.が,周りが柔らかなコルク質で出来ているために,持った印象はずいぶん違います.フワフワ,ではありませんが,圧すと弾力があります.
ハマオモトの実 水に浮く
で,これが海流で流されて,伊豆やら,三浦やら,房総半島に流れ着く,という仕組みのはずです.早速試してみましょう.おっ,ちゃんと浮きます,沈まずに!この日は風が強く,波が高かったので,浮いているハマオモトの実もなかなかじっとしてくれないで,撮影するのが大変でした.何しろ私のコンパクト・デジカメは,シャッター・ボタンを押してから実際に撮影されるまで,一呼吸あきますから.
 この,外側のコルクが海水が中に過度にしみこむのを防ぐのではないかという意見が,目黒・鈴木両博士の間で交わされていました.なるほど.
 ともかく,海岸に生育するハマオモトから実が落ちて,これが海流に流され,はるか遠くまで分布を広げる,というイメージが具体的にわくのはすばらしいことです.教科書でこうしたことを読んでも「ふーん」といった感じですからね.
鈴木,目黒 両博士
今回,この青島の特別天然記念物エクスカーションに誘って下さったのは,国際生態学センター研究員の目黒博士(写真,向かって左)で,そして,主に解説して頂いたのは同センターの鈴木博士です(向かって右).本当に勉強になりました.ありがとうございます.
 元もとブナ林が研究対象だった私は,しかも信州大学という山の中に来て,海岸の植生だけでも久しぶりなのに,いや,すばらしいものを見せて頂きました.
 そして,短い時間でしたが,機会を逃さず野外に出るフットワーク,何処で,どんなものでも見ていこうとするお二人の姿勢に感銘を受けました.またよろしく願いします.

 と,いう感じで今回は宮崎は青島の亜熱帯性群落を見ました.非常に新鮮です.すばらしい.研究とは別に,色々見聞を広めていく必要を改めて感じました.皆さんもぜひ.


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