海の向こう
子供がお父さんと海を眺めていました.天気は晴れ,気持ちよい風が吹いていました.沖には船が一艘,ゆっくりと海を横切っていました.
「ねえ,お父さん,あの船はどこへ行くの?」
「遠くの町だよ.荷物をいっぱい積んでいるから,馬車で行くよりも良いんだ」
「ふーん」
海は太陽の光をきらきらと反射していました.
「ねえ,あの海の先には何があるのかな?」
「島がある.きっとね」
「じゃあ,船でずっと,ずっと行けば,そこにたどり着くの?」
お父さんは首を振りながら言いました.
「その島はずっとずっと遠いんだ.一番はやい船でどんなにはやく進んでも,何年も,何十年もかかるんだ.だから誰も行ったことがないんだ」
「じゃあ,何で海の向こうに島があることが分かるの?」
「うん,ときおり海から,見たこともない植物の実が流れ着くんだ.だからきっと何処かに島があって,そこから流れ着いたんだ」
子供はずっと海の先を眺めていました.
「ねえ,お父さん,そこには僕らみたいに,いろんな人が生活しているんだよね」
「ははは,おもしろいことを考えるな.いまの最高の技術を使っても,その島に行くのに,何年も,何十年もかかるんだ.誰もたどり着けないし,そんな所に人
が住んでいるわけ無いよ」
「そーかなあ」
「お前も知っているように,お父さんは科学者なんだ.他の島に誰かが住んでいるなんて,理屈も合わないし,誰も証明できない」
「ふーん,科学かあ」
「そう,科学では論理的整合性と再現性が大事なんだ.そのどちらから見ても,他の島に人はいないんだよ」
子供は少しさみしい気持ちになりました.他の島の人たちとお話をしたり,一緒に泳いだりできたら,きっと楽しいのにな.
「なんだか寂しいね,お父さん」
「見てごらん」そういってお父さんは後ろを振り返りました.「この緑.白く太陽に輝く家.ここは海に浮かぶ宝石のような島なんだ.こんな島はどこへ行って
も,ありはしないんだよ」
高くそびえる山は,緑の衣をまとい,その山頂には雪の冠をかぶっていました.麓には立派な町があり,多くの人が生活しています.
「そうだね,きっとそうだね」
「お父さんは科学者なんだぞ」
「うん,お父さんは科学者だもんね」
それでも子供はきらきらと輝く海を振り返り,そして飽きることなく眺めていました.
と,今回はこんなところで. | トップへ戻る