研究者の雇用形態−いつになったら,パーマネント?−

UPDATE: 2010年12月3日

今回は,ちょっと真面目に

研究者の雇用形態を考えたいと思います.背景は色いろあるんですが,今回の記事で取り上げようと思ったのは,兵庫県立大の石田先生の話から.

 直接的な話をすると,石田先生の所属する組織のポスト,これ,期限付きだということなんですね.もちろん,期限の時には審査が行われて,okなら引き続 き今のポジションに付けるということなんですが,石田先生は現在講師,で,准教授,教授となっていく立場の人なんですが,現在の講師という立場だけでなく て,准教授,教授になっても,5年の期限で再審査を受け続けなければ,ポジションも今の研究も守れないとのこと.これは大きな問題です.

 現在,大学で,多く見られるようになった雇用形態というのは,助教(かつての助手)は期限付きで,5年区切りとかで審査があって,それをクリアすれば パーマネント,つまり,期限なしの永久就職になるというものです.助教から,准教授,教授になれば,期限なしのポジションで,じっくり研究にも,教育にも 取り組めるというものです.テニュア(定年までの終身在職権)付き,なんて行ったりもしますが

 以前は助教(助手)のポジションから期限なしで,きちんとした雇用になっていたものですが,現在のようになったのは,以下のような弊害があったからだと 思われます.すなわち,古い習慣の中,ある教授に目をかけられて,可愛がられた弟子研究者が,その教授の引っ張り(わがまま,コネ)で一度大学の教職(は じめは助手)になってしまうと,その助手先生が実際には能力がなくても,大学に居座り続けられてしまうというという弊害です.国立大学で言えば,今は公務 員ではないものの,数年前までは国家公務員でしたし,どんなにダメな教員でもやめさせることができないという仕組みだったのです.ダメな教員はダメな教員 なりに生きる権利はありますが,ダメな教員がいるために,他に優秀な若手研究者がいても大学側はその人を取ることができませんし,学生諸君が「こんな先生 がいる大学じゃやだな」と思っても,どうすることもできなかったんですね.

 そこで今のようなシステムが出来て,「まず数年間はしっかり仕事(教育も含め)が出来るかどうか評価して,いい人ならきちんと採用しよう」という仕組み になったというのが,現在の流れです.ここまでの話は若手,しっかりとした助教を取りたい,というための流れです(学生のため,大学のため).

 それが進むと,「じゃあ,准教授も,教授も採用期限を5年に区切り,成果のあった人は継続雇用,成果のない人は雇用打ち切り」というような話になって, それが兵庫県立大の石田先生のいらっしゃるポジションになっているということです(兵庫県立大でも他の組織は,そうではないとのこと).

 これは一見,競争とやる気をうながす,良いシステムのように見えます.納税者から見れば,きちんと研究していない研究者に給料を払うのはおかしいし,ダメな教員を雇い続けるの は,日本の次世代を担う学生諸君のためにとっても良くないことですから.

 しかし,短期的に見れば正しく見えるこの方式も,長期的には必ずしも望ましくない影響を及ばしかねません.この,具体的なケースを考えてみたいと思いま す.

 まず,研究分野によって,短期に成果を挙げられる分野もあれば,長期にわたって時間をかけなければ成果を出せない分野もあるります.植物生態学や,保全 生態に関わる分野などは,毎年毎年調査結果を報告できるような学問分野ではなく,数年にわたって現場を観察して,その上で結果を取りまとめられるような分 野です.例えば,毎年のどんぐりの豊凶とクマの人里への被害の相関を研究していたならば,こうした研究を一年で報告することは不可能ですし,毎年の成果の 取りまとめが求められたなら,こうした研究は行われなくなるでしょう.それに代わり,一年程度で成果の取りまとめが可能な,小粒な研究が多くなるでしょ う.そうした小粒な研究がダメということではありませんが,時間をかけてやっと取りまとめることができる研究は,避けられるようになるに違いありません. 大切な研究にもかかわらず.

 もうひとつは,短期に成果を要求するシステムが,研究者のモチベーションを下げ,所属する組織に対する忠誠心,と言ったら大げさでしょうか,組織に対す る愛着をダメにしてしまうデメリットが危惧されます. 例えばみなさんがプロを目指す研究者で,A大学とB大学で教員(兼,研究者)としての募集があった とします.一方のA大学は教員の身分をきちんと保証し(たとえ研究で短期間の間に成果が出せなくてもその地位を約束する),他方のB大 学は,短期の研究評価で,研究がダメなら雇い止め(解雇)というシステムであれば,皆さんはどちらの大学を選びますか? しかも成果の出にくい,フィールド・サイエンスを専門にしていながら.

 今挙げた例は「皆さんが就職するならどちらの大学ですか」という問いですが,これは,今我々が所属する組織がB大学的であれば,はやくA大学に移って じっくり研究をしたい(自分の生活,家族との生活も安定させたい)という気を起こさせる条件でもあります.

 そうなると,組織の方でもこのシステムは良い研究者を確保する上では本末転倒なやり方で,B大学においては,良い若手研究者が着てくれても,そうした良 い研究者は,より安定してじっくり研究の出来る別の組織に移りたくてたまらない,という状況を作り出します.なんのための期限付きポストの導入だったので しょうか.学生諸君だって,先生方が浮き足立っていて,早く脱出をしたいと考えているB大学で学ぶのは,嫌ですよね.

 ある組織でこうした期限付きのシステムを導入するとする.教授も含めて5年区切るとする.しかし,業績も今までしっかり貯めてきて,数年経てば勇退し,退職金をもらう,年金をもら う,という立場の教授陣と,これから見通しの効かない研究を行ない,かつ家族を養っていかなければならない若手・中堅の研究者の立場は異なるでしょうし,こうした一律のや り方には,個人的にですが疑問を感じます.

 植物生態学や植生学で博士号をとって大学教員といったいわゆるアカデミック・ポストに付く人は,今は10人にひとりもいないと思います.私はそうした中 で,認めていただいた,拾っていただいた身を大変ありがたく思っています.しかし,この上就職環境や研究環境が,あとを引き継ぐ若者の皆さんにとって厳し くなるのは見ていて耐え難いし,次世代を担う方々の研究環境が厳しくなることには疑問を感じています.

 環境の保全や多様性の保護など,生態学に関わる今日的な課題はその重要性を増していると考えています.しかし,それを担うプロの研究者,教育者をきちん と育まない現在のアカデミックポストのあり方には疑問を感じます.大学人として,植物生態学,植生学に携わるものとして,ポジション取りに苦労をしてきた若手の先達として,ここに改めて問題を提起したいと思います.