分子の運動エネルギーには並進の他に回転と振動があるということでしたが、どういうことですか?

分子の運動エネルギーには並進の他に回転と振動があるということでしたが、どういうことですか?

分子運動の自由度

ヘリウムのような単原子分子の場合、温度 T と運動エネルギー Ek の関係は

  E_{\rm k} = \displaystyle \frac{3}{2} k_{\rm B} T  

と表されます。(温度の単位は K (ケルビン)、kボルツマン定数)

heishinこれが酸素のような二原子分子になると、

  E_{\rm k} = \displaystyle \frac{5}{2} k_{\rm B} T  

になります。

これは 単原子分子が持っていた 並進の運動エネルギー  \frac{3}{2}k_{\rm B}T に、回転の運動エネルギー k_{\rm B}T が加わったと考えることができます。(振動の運動エネルギー分は 0 なのだが、これについては後述)

これらは運動の「自由度」の考え方で整理できます。

n 個の原子からなる分子は 3n 個の自由度を持っており、これは次のように、並進、回転、振動の運動に割り振られます。

並進 回転 振動
単原子分子 3 0 0
2 原子分子 3 2 1
3 原子分子(直線型) 3 2 4
3 原子分子(非直線型) 3 3 3
n 原子分子(直線型) 3 2 3n-5
n 原子分子(非直線型) 3 3 3n-6

単原子分子(He など)の持つ「運動の自由度」は 3 で、3 つとも並進運動の自由度です。
(単原子分子の場合、分子の「回転」や分子内の「振動」は生じない。)

2 原子分子の場合

2 原子分子(O2 など)の持つ「運動の自由度」の合計は 6 で、
並進運動が 3、回転運動が 2、振動運動が 1 の自由度を持ちます。

分子の運動は、分子に含まれる各原子の位置と関係しています。
2 原子分子の場合、分子内のすべての原子の位置を表すには
各原子の 3 次元座標 (x1, y1, z1, x2, y2, z2) = 6 つの変数が必要です。
(→ 自由度の合計 6 に対応)

しかし、2 つの原子は化学結合で強く結ばれているので、上記の 6 個の変数は自由に変化することはできません。よって、上の 6 つの変数の代わりに、原子間距離 r などを使った下記の 6 つの変数で分子の位置を表すほうが合理的です。

(x, y, zθφ, r )

分子の中心位置の 3 次元座標 (xyz) → 並進の自由度 3 に対応
分子の向きを表す角度 (θφ)
(2 原子分子のような直線型分子の場合、分子の向きの緯度と経度に対応する 2 つの変数があれば向きを表せる(極座標))
→ 回転の自由度 2 に対応
原子間の距離 (r)
(2 つの原子の間をバネでつないだような状態を考える。振動に伴い原子間の距離が変わる。)
→ 振動の自由度 1 に対応

各座標に対応して、3 種類の運動と、それぞれが持つ自由度が導かれます。
並進(自由度 3)、回転(自由度 2)、振動(自由度 1)

エネルギー等分配則

このような「自由度」を考えると、温度と分子の運動エネルギーについて単純に理解することができます。並進と回転については、運動エネルギーは絶対温度に比例し、自由度 1 あたり

  \displaystyle \frac{1}{2}k_{\rm B} T  

のエネルギーが分配されるのです 1)回転運動の量子化が問題となる極低温を除く。これをエネルギー等分配則といいます。

よって、2原子分子の場合、並進と回転の運動エネルギーの総計 Ek

  \displaystyle E_{\rm k} = \frac{5}{2} k_{\rm B} T  

となります。

振動エネルギーについては少しややこしいので後で説明します。

n 原子分子(n ≥ 3)の場合

三原子分子は 2 つのタイプに分かれます。

二酸化炭素のような直線型の分子の場合は、二原子分子と同じように

  E_{\rm k} = \displaystyle \frac{5}{2} k_{\rm B} T  

となり、非直線型の場合は

  E_{\rm k} = \displaystyle 3 k_{\rm B} T  

となります。(非直線型の場合、分子の向きを表すのに 3 つの変数 (θφχ) が必要。→回転の自由度が 3 になる。)

並進の自由度はいつも 3、回転の自由度は 直線型で 2、非直線型で 3。

残りの自由度は全て 振動の自由度になります。

運動エネルギーと熱容量

一酸化炭素(CO)における運動エネルギーと温度の関係 (緑 : 並進、オレンジ : 回転、紫 : 振動) 問題18-20 より
一酸化炭素(CO)における運動エネルギーと温度の関係 (緑 : 並進、オレンジ : 回転、紫 : 振動) 問題18-20 より

並進運動と回転運動には 1 自由度あたり  \frac{1}{2}k_{\rm B} T のエネルギーが割り当てられます。絶対温度と運動エネルギーが「比例」しており、横軸を温度、縦軸をエネルギーとしたグラフの傾き (単原子分子なら  \frac{3}{2}k_{\rm B} )は一定です。グラフの傾きは、気体の温度を 1 K 上げるのに必要なエネルギー、熱容量に相当します。

実際には二原子分子以上の場合、温度が高くなると熱容量は \frac{5}{2}k_{\rm B} より大きくなります。これは並進、回転に加え、「振動運動」のエネルギーが加わってくるためです。

振動運動について

振動運動は並進、回転と違い、温度との関係は少し複雑です。

十分温度が高ければ、振動運動には 1 自由度あたり  k_{\rm B} T が割り当てられます。並進や回転の 2 倍です。

しかし、振動運動は分子内の狭い領域で生じるため、量子力学的な効果を強く受けます。振動エネルギーは自由な値を取ることができず、とびとびのエネルギーしか取れないのです。そのため、温度が低いときは振動運動は基底状態(エネルギーの一番低い状態)にあり、温度が上がっても次のエネルギーに上がれない、ということが起こります。この状態では温度が上がっても振動運動のエネルギーは上がらず、熱容量への振動エネルギーの寄与は 0 となります。

低い温度では振動運動の熱容量への寄与は 0 2)量子的な効果によって、0 K でも静止できない(零点エネルギー)のですが、温度を上げても振動状態が変わらないので、熱容量への寄与はありません。問題18-20 参照。 温度が上がるにつれ、次第に振動運動が大きくなるようにになり、十分高い温度では 1 自由度あたり 熱容量に k_{\rm B} が加えられます。
ややこしいことに、温度による振動エネルギーの上昇は、原子間の結合の強さ等によって変わります。

概ね、2 原子分子のような単純な分子では、室温付近では振動エネルギーの寄与は 0 とみてかまいません。複雑な分子(ベンゼンでは構成原子数は12個)では、振動自由度が増え(いろいろな振動の仕方が可能)、準位間のエネルギーのジャンプが小さくなるので、室温でも振動の寄与が無視できなくなってきます。

問題18-20 も参照してください。

ちょっと先ですが、問題19-19 に、エタンの熱容量の温度依存性についての問題があります。

脚注

1 回転運動の量子化が問題となる極低温を除く
2 量子的な効果によって、0 K でも静止できない(零点エネルギー)のですが、温度を上げても振動状態が変わらないので、熱容量への寄与はありません。問題18-20 参照

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