テーブルで与えられた GH, SG = HTS の式と合わないのはなぜ?

テーブルで与えられた GH, SG = HTS の式と合わないのはなぜ?

教科書(マッカーリ・サイモン)には以下の物性値がテーブルとして出てきます。

  • 標準モル生成エンタルピー \Delta_{\rm f} H^\circ p.836
  • 標準モルエントロピー \bar{S}^\circ p.905
  • 標準モル生成ギブズエネルギー 1)教科書ではモル標準生成ギブズエネルギーとなっていますが、標準を前にしておきました。 \Delta_{\rm f} G^\circ p.1101

HI (ヨウ化水素) の生成反応を例に考えてみましょう。
関係する物質の値を抜き出してみます。

各物質の 25 °C, 1 bar における物性値(マッカーリ・サイモンより)
物質 化学式 \Delta_{\rm f} H^\circ / kJ mol−1 \bar{S}^\circ / J K−1 mol−1 \Delta_{\rm f} G^\circ / kJ mol−1
ヨウ化水素 HI(g)  26.5  206.6  1.560
水素 H2(g) 0  130.7  0
ヨウ素 I2(g) 62.438  260.7  19.325
I2(s) 0  116.1  0

さて、ヨウ化水素について、単純に G = H − TS の右辺に上記の数値を代入してみると

  H-TS = \Delta_{\rm f}H^\circ - T \bar{S}^\circ\\  \\  = (26.5 \times 10^3 \rm\ J\ mol^{-1})-(298.15\rm\ K)(206.6\rm\ J\ K^{-1}\ mol^{-1})\\  \\  = -35.1\rm\ kJ\ mol^{-1}

となり、確かに \Delta_{\rm f} G^\circ の値 (1.560 kJ mol−1) と合いません。

これは、\bar{S}^\circ の定義が他の 2 つと異なっているからです。

\Delta_{\rm f} H^\circ や \Delta_{\rm f} G^\circ は、「その温度、圧力で通常の物理状態にある単体」に対しての相対値として定義されています。
一方、\bar{S}^\circ は、「0 K では物質(完全結晶)の エントロピーは 0 となる」という 熱力学第 3 法則をもとに、0 K でのエントロピーが基準になっています。

よって、反応式

 \displaystyle \rm \frac{1}{2}H_2(g) + \frac{1}{2} I_2(s) \to HI(g)

を使って、 まずヨウ化水素の 標準モル生成エントロピー\Delta_{\rm f} S^\circ を計算してやります。

  \Delta_{\rm f} S^\circ = \bar{S}^\circ(\rm HI(g))-\frac{1}{2}\bar{S}^\circ(\rm H_2(g))-\frac{1}{2}\bar{S}^\circ(\rm I_2(s))\\  \\  = (206.6-(130.7+116.1)/2)\rm\ J\ K^{-1}\ mol^{-1}\\  \\  = 83.2\rm\ J\ K^{-1}\ mol^{-1}  

この値を使って、もう一度 H − TS の計算をやり直してみます。

  H-TS = \Delta_{\rm f}H^\circ - T \Delta_{\rm f}S^\circ\\  \\  = (26.5 \times 10^3 \rm\ J\ mol^{-1})-(298.15\rm\ K)(83.2\rm\ J\ K^{-1}\ mol^{-1})\\  \\  = 1.69\rm\ kJ\ mol^{-1}

有効数字の精度の範囲内で、\Delta_{\rm f} G^\circ と一致する値が得られました。

このようにすれば、\Delta_{\rm f} H^\circ と \bar{S}^\circ の値から、\Delta_{\rm f} G^\circ を求めることができます。

なお、H2(g) や I2(s) は 「テーブルに示された条件(温度、圧力)で通常の物理状態にある単体」 なので、教科書中の\Delta_{\rm f} H^\circ や \Delta_{\rm f} G^\circ の表には値が書かれていません。これらの値は、定義から 0 J mol−1 となります。上の表中には 0 を記入してあります。

理由は異なるのですが、問題20-18 にもテーブルの値の食い違いに関する話があります。

脚注

1 教科書ではモル標準生成ギブズエネルギーとなっていますが、標準を前にしておきました。