浅間2009年2月2日の「水蒸気爆発」について一考

 浅間山の2月2日の噴火は,限りなく水蒸気爆発に近いもの(東大地震研)と説明されています.信州大学でも噴出物中に本質物が見つからないので,名前をつけるのであれば水蒸気爆発であったと考えています.ここで「水蒸気爆発」という表現から地下水などの地表水が沸騰して起こった現象というふうに受け取られて,デジタルカメラでインターネットを通じて中継された赤い噴石の色に示される実際の噴火の温度の高さとはそぐわないのではないかという疑問がメディアなどから寄せられています.信州大学では津金・荻野目が北軽井沢ネットワークやまえちゃんねっとの撮影条件にできるだけ似た条件で室内実験を行い,その結果から,2月2日の噴出物の温度は低く見積もっても700℃から550℃くらいの高温であった可能性が高いことを示しました.これは地表付近で沸騰する水の温度よりもはるかに高い温度といえます.
 手元にあるいくつかの火山学の教科書や普及書を見てみると,なるほど多くの本には「水蒸気噴火は地下水などの外来水がマグマの熱により沸騰して起こる」という意味のことが書かれています.しかし,久野久(1954)の「火山および火山岩」には,「水蒸気爆発とはマグマ中の水蒸気,または地下水が地下深所の高熱部に達して熱せられて生じた水蒸気が,..」とあり,平凡社の新版地学事典の「水蒸気噴火」(1996;荒牧重雄著)の項では「水蒸気はマグマから分離して地下の空隙にたくわえられた場合もあれば,地下水がマグマに熱せられて高温高圧になる場合もある」とあり,いずれも外来水のみに限らずマグマ由来の火山ガス(その大部分は水である)も爆発源でありうることを記しています.浅間の2月2日の噴火も,マグマから脱ガス作用で抜け出てきたガス(ほとんどは水)が火口の地下に蓄積され,廻りの岩石を熱し,ガス圧が岩石の強度を超えた時に岩石を砕いて噴火を起こしたと考えれば,高温の噴石が飛び散ったことも巧く説明できます.もちろん水蒸気の一部には熱せられた地下水も混じったかも知れませんが,爆発の主な源はマグマ由来の火山ガスであったのでしょう.2004年の9月1日にも浅間山が噴火しました.この噴火はブルカノ式噴火と呼ばれています.その噴火のエネルギー源は,やはり地下に蓄積された火山ガスであり,基本的なエネルギー源は今年の噴火と変わらなかったといえます.逆にいうと2009年2月2日の噴火は水蒸気噴火の一種ともいえるし,ブルカノ式噴火のなりそこないであったともいえるでしょう.
 このあたりのことを整理した論文があります.Mastin,L.G. (1995) Thermodynamics of gas and steam-blast eruptions. Bull.Volcanol.,57, 85-98 は,火山のnon-juvenile eruption(本質物の出ない噴火)を整理して,1) boiling-point eruption(沸点噴火),2) gas eruption(火山ガス噴火),3) mixing eruption(混合噴火)の3種類に区分しました.このうちの1)が地下水などの沸騰によるもので,2)がマグマの脱ガス起源の噴火ということになります.この論文では桜島や浅間のブルカノ式噴火も2)に含めてそのエネルギーの大きさを比較しています.エネルギー源は違わないということでしょう.

2009/3/13 文責;三宅


2004/9/23の噴出物を分析して

 9月23日の噴出物の多くはあまり発泡していない黒色緻密な安山岩片であった.軽石が極少量含まれているが,それよりも多くのスコリアが噴出している.安山岩片はほとんど発泡していないものとやや発泡したものがあるが,それらを合わせると噴出量の約80%を占めている.それに対して黒色スコリアが12%,軽石は1%である.そのほかに熱変質した堆積岩などの異質物や赤色酸化したスコリアなどが合わせて7%ほどあった.
 化学分析した結果,今回の安山岩片は9月1日の安山岩片と違う組成で,9月1日の軽石やパン皮状軽石の組成と似ていた.このことから9月23日の安山岩片は9月1日に噴火したマグマが地表付近で冷却固結した部分であろうと推定している.
 スコリアは,上記の固結部分を破って今回噴火したマグマである.スコリアとは,火山ガスの発泡のために多孔質ではあるが軽石よりも暗色を呈するものである.9月23日に噴出したスコリアが黒っぽいのは,顕微鏡写真で示すとおり,火山ガラスが色づいて茶色っぽいことのためである.しかしながら,こうしたガラスの色の違いにかかわらず,スコリアの全体の化学組成は9月1日に降った軽石と比べてほとんど違っていない.つまり9月23日に噴出したマグマは9月1日と組成上は変わらないものであった.では,それらの火山ガラスの色のちがいは何に起因するのであろうか?おそらく火山ガラス(つまりこの部分が噴出直前まで液体であった)にできている微小な結晶の量の違いであろうと考えている.9月23日に噴出したマグマのほうが微小な結晶の量が少ないので,マグマには鉄やマグネシウムなどの色づく成分が結晶に未だとられていないために色づいている,それに対して9月1日のマグマはすでに相当結晶化していたので,それらの成分が結晶にとられて透明になっているというわけではなかろうか.しかも軽石は細かい気泡が密集しているため光の散乱によっても白っぽくなる.今後こうした茶色い,すなわち結晶度が低くてより珪酸(SiO2)が少ないマグマが出現するとなると,発泡によって生じた火山ガスは比較的容易にマグマから抜けていくと期待され,その限りでは大規模な軽石噴火へとすぐに移行する心配は少ないとも言えよう.


スコリアの実体顕微鏡写真はこちら,偏光顕微鏡写真はこちらを,化学分析値はこちら
ガラスの化学組成こちらをご覧ください.

2004/10/4 18:00 文責;三宅


2004/9/19までの活動と今後に対する見解

 9/1の噴火では,マグマも上昇してきましたが,噴出物の大部分は火口を塞いでいた岩石でした.(噴出物に含まれるマグマ性物質は全体の量の8%以下)そして,火口を塞いでいた岩石が取り除かれたため,地下のマグマが地表と直接繋がりました,
 今回のマグマの特徴は,マグマから発生したあぶく(水蒸気が主)が割と簡単に抜けていく,いわば,泡切れのよい状態のマグマと言えそうです.9/1の噴火のあと2週間くらいは,この泡切れのいいマグマから遊離したガスが,地表へどんどん出ていっていました。そのため,火山ガスは非常に活発に出ましたが,見た感じの爆発は何も起こらなかったのでしょう.
 しかし,2週間たつと顔を出したマグマの上部が,おそらく冷えて固まって固い殻をつくり,ガスを通さなくなりました.9/14以降は,その殻の下に出にくくなったガスがたまり,上の殻を吹き飛ばすような噴火を連続的に何回も繰り返すようになったのでしょう.
 その一連の活動は現在一応終わったように見えますが,現在は,18日までの噴火で新たにできた殻を吹き飛ばしてしまい,9/1の噴火後と似た状態に戻っているのでしょう.今後しばらくは,ガスがどんどん抜けていき,マグマの上部が固まりまた殻を作ると,また吹き飛ばす,といった活動を何回も繰り返していくことが考えられます.
 その繰り返しの中で,場合によっては下のマグマも冷えて固まって,活動は終息することもあり得ます.
しかし別の可能性も考えられます.マグマが全体として冷えてくると泡切れがだんだん悪くなります.地表に抜け出られないガスがマグマの中にたまり,そこで無理矢理膨張しようとすると,軽石を大量に吹き出すような噴火につながりますし,あるいは火砕流なども起こるかもしれません.
 1973年にも火砕流は発生していますが,その到達範囲は現在の火口から4km規制の内側です。
今回火砕流が発生するような噴火が起こるとしても,今の状態から推定すると,その程度の比較的小規模な噴火になるでしょう.ですから火口から4kmの入山規制は必ず守り,絶対にその中には入らないで下さい. 
                                                         

2004/9/19 14:20 文責;三宅